珍しく絢瀬がスマートフォンをじっと見ている。時々右手でスワイプしているから、読書でもしているのかもしれない。しかし、それならば読書用になっているタブレット端末を使えばいいだけである。
しかし、そうしない理由が何かあるのだろう。そう考えたヴィンチェンツォは、グラニュー糖をたっぷり入れてかき混ぜたエスプレッソをぐい、と煽るとそっと絢瀬の背後にまわる。
ソファー越しに彼女を後ろから抱きしめると、何見ているの、とその画面を見る。ヴィンチェンツォが普段使っているスマートフォンよりも小さな画面には、漫画のページが映し出されていた。
モノトーンの漫画の内容は読み取れなかったが、少なくとも彼女が比較的好んで読むタイプのものではないのは分かった。少し粗めの画風で描かれた漫画では男性が二人、何かを追いかけているように見える。ページをめくれば、すっぱりと切り落とされる手足の描写に、ヴィンチェンツォはおや、と不思議に思う。絢瀬はあまり派手なアクションやゴアシーンのある作品を見ないからだ。
「漫画かい? 珍しいね、君が派手な内容のものを読むなんて」
「あら、派手なのはここだけよ? 他のページはそうでも……あるわね。第一話とかなかなかの画面だったわ」
「へえ……ゴア指定されていそうだ。好きだっけ、そういうの」
それとも、趣味が変わったのかい?
不思議そうに首をかしげるヴィンチェンツォに、絢瀬は妋崎(せざき)に進められて、という。彼の趣味はずいぶん広いらしく、流行の商業ものの作品から、アマチュアの作る作品まで幅広く網羅しているらしい。そのうちの一本を教えてもらったという。
「信じられる? お昼に担々麺食べながらゴアシーンのある作品を見るのよ? 気になるじゃない」
「よくそんなものを見ながら、食事が出来るね……その人……」
「本当にね」
「っていうか、アヤセ。君、そういう派手なもの平気なんだね」
映画だとあまり派手なの見ないから、てっきり苦手なのだと思っていたよ。
そうヴィンチェンツォに言われると、カメラワークで酔っちゃうから見られないだけよ、と返す。漫画のような紙面や電子媒体であれば、派手に揺れ動くわけではないから平気なのだ、と返ってきた答えに、そうだったんだね、と彼は納得したように頷く。
「主人公はこの二人なのかい?」
「ええ。ヴィンスも見る?」
「作品名教えてくれるかい?」
「もちろんよ」
アドレス送るわね。
そういうと、ヴィンチェンツォのスマートフォンが通知を告げる。それは彼女が送ってきた漫画だった。
ああ、と彼女が口を開く。
「それ、同性愛要素があるけど、あなた大丈夫だったかしら」
「えっ、ちょっと、そういうのは早く言ってくれると嬉しかったな」
「ふふ、ごめんなさい。すっかり忘れていたわ」
「うーん、やっぱり同性愛はダメだって言われてきていたからなあ。ちょっと読むのは抵抗あるよね」
「難しい問題ね。問題がなさそうな部分だけ……って思ったけれど、そういうところも含めて作品だものね」
「だね。やっぱり、もうちょっと抵抗が薄れてから読むことにするよ」
君と読んでいると、私も気になってしょうがないからね。
肩をすくめながらヴィンチェンツォはそういうと、絢瀬の手からスマートフォンを取り上げる。そろそろ寂しいから構ってくれるかい、と首をかしげて言うものだから、仕方ない人ね、と彼女は彼の手からスマートフォンを取り返すと、ローテーブルの上に滑らせた。