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ヴィンチェンツォと絢瀬は家具販売店に来ていた。割れてしまった陶器製のマグカップの代わりを買いに来たのだ。
久しぶりに来た大型家具店ということもあり、二人は陳列されている家具を見ながら店内を歩いていく。いわゆる「人を駄目にするクッション」を見つけて、ヴィンチェンツォがそろそろ手持ちの同商品の中身のビーズクッションがへたりそうだったなあ、と思い出したように口を開く。それなら中身のクッションを買って帰ってはどうか、と絢瀬が提案するが、まだ大丈夫な気もする、とヴィンチェンツォは首を横に振る。
「ちゃんとまだ使えるかどうかぐらいは判断しないとね」
「そうね。それに、今日はマグカップを見に来たんだもの」
「あのマグカップも長く使ったなあ。百円ショップで買ったのに、長く持ったよね」
「案外、百円ショップとかで適当に買ったものほど長く使えるのよね。不思議なことに」
「いつ割れても悔しくないからかな。割りたくないと思うものほど、割れてしまうと悔しいし、悲しいものね」
「そうなのかもしれないわね……あら」
いくつかの分類された商品棚を通り過ぎて、二人は食器コーナーの向かう。食器コーナーにはスープマグや平皿が並んでいる。皿を見るとどんな料理を載せようか考えちゃうよね、と話すヴィンチェンツォに、新しい大皿を買って変えるのもアリね、と絢瀬は笑う。今日の目的は大皿を買うことじゃないでしょ、とつられて笑うヴィンチェンツォは、太い指で白いマグカップを持ち上げる。筋肉で膨らんだ彼がもつと、普通の大きさのものであっても随分と小さく見えるのだから不思議なものである。
使うのは君だからね、と絢瀬にマグカップを渡すヴィンチェンツォ。受け取った絢瀬は、握り手に手を滑り込ませて持ち上げる。両手を添えてみたりして、日常使う動作で試してみる。指を引っかけている握り手に違和感があるのか、絢瀬の表情は少しばかり険しいものがある。
「どうだい?」
「悪くは無いけれど……別のものがあるなら、そちらを優先するわね」
「それなら仕方ないね……それなら、他の店も見に行くかい? 今日はちょっと遅いから、また次の休みにでもさ」
「そうね。そうしようかしら」
「次の休みにどこに出かけるか決まってしまったね」
「あら、デートのお誘いをしたわね。そんなつもりはなかったのだけれど」
「照れ屋さんかな? 次は郊外のショッピングモールにしようよ。あの大きいイオンモール」
「あら、いいわね。あそこだと一日中居られるわね」
マグカップを買ったら映画を見るのも悪くないわね。そう話す絢瀬に、私見たい映画があるんだよ、とヴィンチェンツォは語る。下りエスカレーターに乗りながら、何の映画かしら、と絢瀬は質問をする。
「インド映画でね。ロングランの映画なんだ」
「インド映画……そういえば見たことがないわね。結局勧められたのに、バーフバリもなかなか見るタイミングがなかったわね」
「そうそう。その映画の監督のなんだ。ユウダイがお勧めしてきてね。なんでも、アヤセ、君のところのええと……セザキ? ってひとから聞いたらしいんだけど」
「あー……彼ね……」
妋崎の名前が出た時点で、絢瀬の顔はなんともいえない表情になる。家具屋と隣接しているスーパーマーケットに入りながら、絢瀬は当たりかハズレかかなり大きい作品だってことは分かったわ、と頷く。
前に見たあの3Dアニメーション映画を教えてくれた彼かい、とヴィンチェンツォは思い出したように尋ねる。思い返せば、彼が教えてくれる作品はメディア人気はないが非常に面白いか、どうしようもない出来の悪い(故に誰かに話して道連れにしたい、とは妋崎の言葉だが、絢瀬はもちろんヴィンチェンツォも知らないことである)作品のどちらかである。
今回はユウダイも気に入って三回見たらしいから当たりだよ、とヴィンチェンツォが言えば、そんなに見たなら面白いんでしょうね、と絢瀬も微笑む。
「問題はイオンモールの映画館でやってるか、だね。もうだいぶ上映先が限られているだろうし」
「それなら、映画を見てから、近くにマグカップを売ってる店を探した方が早いかもしれないわね」
「そうだね。そうした方がいいだろうね」
「ふふ、決まりね。それなら、チェーナの買い物が終わったら、映画館を調べましょうか」
「今日の献立は何も考えてないんだ。なにか、食べたいものはあるかい?」
「そうね。魚が食べたいわ。どんな調理法でも構わないから」
「任せてよ」
とびきりおいしいものにするから。
ヴィンチェンツォは口角を上げて笑顔を浮かべる。絢瀬は自信たっぷりなその笑顔に、期待しているわよ、と返すに留めるのだった。