自宅近くにあるバス停横にあるスーパーよりも、少し大きなショッピングモールにあるスーパー。自宅近くのスーパーと同じ系列なのもあり、映画だったり、買い物だったり――なにかしら見にきたついでに立ち寄ることが多い食料品売り場だ。
いつものスーパーよりも広い売り場面積というのもあり、多くの食材を取り揃えているそこには、絢瀬には同じ商品にしか見えないものもある。たとえば、そう。今ヴィンチェンツォが筋肉に覆われた分厚い手のひらに取った、小ぶりな二つのトマトだったり。
「……ヴィンス? トマトなら家にもあるでしょう?」
「あるよ?」
「なら、それはいらないんじゃないかしら。それとも、トマト料理でパーティでもするのかしら」
「パーティもいいね。それもいいけど、料理をたくさん作る元気がないかな」
「ふふ、冗談よ。それで? そのトマトはなんで持ってきたのかしら」
「このトマトはおいしいからさ!」
品種改良されて、いつも買うトマトよりもおいしいらしくてね。見つけちゃったから、試してみたいなって。
そう言いながら、ヴィンチェンツォはうきうきとトマトが入ったトレイをカゴの中に入れる。カートを押している絢瀬は呆れた、と言いながらトマトを見る。どこにでもあるようなトマトだ。味が違うんだと言われても、今一つピンとこない。絢瀬はさらりと髪を揺らして首を傾げる。なんなら、その緑の目はどことなく不審そうだ。
ヴィンチェンツォは本当だよ、と煮出した紅茶のように色の濃い髪と同色の顎髭撫でながら訴える。
「今日はこのトマトでサラダを作って、そうだな。野菜室のトマトで鶏肉のチーズ焼きにしようかな」
「あら、おいしそうね。問題は、わたしの胃が夏バテを起こしてないといいけれど」
「季節の変わり目だからね。だからこそ、しっかり食べるべきだと思うけども」
無理だったら私が食べるから大丈夫さ。
コーヒー豆も買わないとね、と話すヴィンチェンツォにそうね、と絢瀬は頷く。アイスはいいのか、と尋ねれば、冷凍庫にたくさんあるよ、とにこにこと返される。いつの間にそんなに買ったのやら、と思いながら、虫歯にならない程度にするのよ、と形のいい鷲鼻気味の鼻を摘んでやる絢瀬。
「他に買うものは?」
「豆と……鶏肉は家にもも肉があるな。レタスはあるけど……サラダに何を入れたい? きゅうり?」
「きゅうりもいいわね。玉ねぎも食べたいわ」
「玉ねぎはまだあったはずだから、きゅうりを買っておこうか。ああ、パスタも買わないと。あと、明日のパンもだ」
「あら、食パンがあったと思うけど?」
「あれはその……昨日私のおやつにしちゃったんだ。バニラアイスを乗せたフレンチトースト、おいしかったよ」
「食いしん坊ね」
夏でも落ち込まない胃腸の強さは見習いたいわ。くすくす笑いながら、絢瀬はほっそりした白い腕でカートを押す。乾麺コーナーでいつも食べているメーカーのパスタをカゴに二袋入れる。スープの素はいるかい、とヴィンチェンツォはわかめスープの素を指差すと、絢瀬はそれおいしいものね、と頷いてから、買いましょうか、とヴィンチェンツォから箱を受け取る。
重くないかい、とヴィンチェンツォが尋ねれば、このくらいは平気よ、と絢瀬は返す。
「ああ、でも車から下ろす時は運んで欲しいわね」
「もちろんさ。君に全て持たせるなんて、そんなことを私がするわけないだろう?」
「そうね。なんなら、車まで運んでくれそうだわ」
「もちろんだよ」
「……車の近くに、カートの返却口があったわよ?」
「……それなら、近くまでカート借りて行こうか」
私だって楽はしたいもの。
相好を崩して笑うヴィンチェンツォに、誰だってそうだわ、と絢瀬は頷く。
野菜コーナーに戻ってきゅうりを取ってこないと、という彼に、パンはどうする、と絢瀬は尋ねる。パンコーナーのパンにするのか、食料品売り場の近くにあるパン屋のパンにするのかと尋ねると、パン屋のパンっておいしいよね、とヴィンチェンツォは難しい問題に当たったように考え込む。ここのパン屋の塩パン、あなた好きじゃないと絢瀬が背中を押すように言えば、最近食べてないものね、と決めたらしくヴィンチェンツォは頷く。
「それじゃあ、このあたりにいるわね」
「わかったよ。すぐ戻ってくるよ」
「衝突事故はしないでね?」
「心配性だね。前は見て歩くさ」
小走りに――二メートルを超えるヴィンチェンツォの小走りは一般的にはかなり速い歩調で歩く男を見送りながら、絢瀬は積まれているインスタントコーヒーを手に取る。豆から準備する時間がない時に飲みたくなるそれは、普段彼女が愛飲するメーカーのものではないが、かなり安く売られており、少し心が揺れる。
まだ家に少し残っていたし、と誘惑を断ち切ろうとする絢瀬。もう少ししたらいつものメーカーのものが安くなるかもしれないし、と思うことで目を逸らす。どうせ買うなら、夜に飲むことが多い紅茶の方だ。
視線を逸らして紅茶の棚を見れば、普段買っているノンカフェインの紅茶がちょうど最後の一箱だった。思わず手を伸ばして箱をカゴに入れていると、きゅうりが四本入ったビニール袋をヴィンチェンツォが抱えて戻ってくる。
「アヤセ、きゅうり多めに入れようか……って、紅茶あったような気がするけどな。インスタントのコーヒーはもう残り少なかったように思うけれど」
「なくなるよりいいんじゃないかしら」
コーヒーはいつものメーカーの安売りを待つわ。
そう話した彼女に、冷静だね、とヴィンチェンツォは肩をすくめるだけにとどめた。