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絢瀬がヴィンチェンツォに風呂に詰め込まれ、体が温まるまでの間、風呂に詰め込んだ当人は夕飯を作っていた。テレビで桃の節句だと言っていたから、今日は少し豪勢だ。スーパーで偶然であった近所のケーキ屋のご婦人から、今日は女の子の日だからね、と言われたのがそもそもの始まりだ。
別に子どもが居るわけでもないヴィンチェンツォと絢瀬だから、桃の節句だからといっても、ひな人形を出すこともない。かわいいとは思うけれどお値段は可愛くないもの、と笑った絢瀬のことを思い出せば、別に彼女も今現在はひな人形は要らないのだろう。
それはそうとして、女の子の日だからちょっとばかり豪華な夕飯にするぐらいなら、絢瀬も気にしないだろう、とヴィンチェンツォはいそいそと鮮魚コーナーに向かったものである。そう、今日は少しだけ豪華に、そしてなによりひな祭りらしく、ちらし寿司にしようと思ったのだ。
……夕飯のメニューを切り替えたから、諸々の買い物が長引いたのはここだけのはなしである。
「あとは具材をまぜて……」
「お風呂、あがったわよ。……あら、今日はちらし寿司なのね」
「早くないかい? ちゃんと温まった?」
「温まったわよ。ほら、手だってほかほかしてるでしょう?」
「本当だ。今日はひな祭りだからね。女の子の日なんだろう? ちょっとだけ豪華にね」
「あら、別にいいのに、いつものご飯で」
「私が気になるもの。いいじゃないか」
「そう? それならいいけど……」
「ふふ。それにね、今日はちらし寿司の元を使ってないんだ」
ちゃんと干し椎茸を戻したんだよ。
そう語る彼に、よほど気合いが入っているんだな、と苦笑しながら、絢瀬は浅めの皿を二つ取り出す。皿を渡してやると、ヴィンチェンツォは戻してしんなりするまで炒めた干し椎茸と人参を混ぜたごはんを皿の上に乗せると、綺麗に黄色に焼けた錦糸卵とサーモンとマグロを載せる。エビと絹さやも乗せられて、目にも鮮やかだ。
二人分のちらし寿司をダイニングテーブルに絢瀬が運ぶと、ヴィンチェンツォはインスタントのお吸い物を椀に入れる。お湯を注いでいる彼を見て、ちらし寿司に気合い入れすぎたのね、と絢瀬が笑えば、こっちのことはすっかり忘れていたんだよ、とヴィンチェンツォは肩をすくめる。
「そんなところも好きよ。かわいくて」
「そうかい? それならいいけど」
「そういえば、ひな祭りで思い出したわ。修子さん知ってるでしょう? わたしの会社のパートさんの」
「ああ、チョコレートを一緒に作った人だよね。覚えているよ」
「あの人の娘さん、桃子(とうこ)ちゃんと一緒に、菱形のちらし寿司を作ったそうよ」
「菱形? 牛乳パックでも使ったのかな?」
「そう言っていたわね。菱餅みたいにしたら、見栄えはよかったらしいわよ。写真に納める前にお腹を空かせた旦那さんが食べちゃったらしいけど」
「ふふ。食欲は何者にも勝っちゃうからね。菱形のお寿司かあ……面白そうだな」
「またちらし寿司を作るときにでもやってみる?」
「いいね、やろうか」
もりもりとちらし寿司を頬張りながら、ヴィンチェンツォは連日ちらし寿司だと飽きちゃうけど、忘れないうちにやりたいよね、と頭を悩ませている。そんな彼を見ながら、別に連日ちらし寿司でもいいけど、高くつきそうよね、と絢瀬は笑う。お財布を心配する声に、ヴィンチェンツォはそれもあるよね、と苦笑してしまう。
結局、覚えていたら行う、ということで決着がつく。更に残った最後の一口をヴィンチェンツォが口に入れると、絢瀬は相変わらず食べるのが速いわね、と呆れたように微笑む。
「そうかなあ。一口が君より大きいって言うのはあるかもしれないけれど」
「ああ、それはありそうね。だって、あなた、手も口も大きいものね」
「こればっかりは、流石にどうしようもないからね。一度にたくさん食べられるから、全然嬉しいんだけれどさ」
「本当、わたしより一回りは大きいものね」
手も口も大きいから、すぐに食べられちゃいそうだわ。
そう笑う彼女に、ヴィンチェンツォは食べて欲しかったのかな、と皿を持って立ち上がる。おかわりのごはんをよそっているその背中に、絢瀬はベッドの上ならいいわよ、と投げかける。
「随分と積極的だね? どうしたんだい?」
「ふふ、たまにはいいかな、って思っただけよ。だって、女の子の日なんでしょう?」
「素敵な日だね。それじゃあ、今日のプリンチペッサには、心ゆくまで満足してもらわないといけないね?」
「そうね。素敵なプリンチペに付き添って貰おうかしら」
「任せてよ。今日はどこまでも君を満足させてみせるよ」
おかわりしてきたちらし寿司の乗った皿を、ことんとダイニングテーブルに乗せながらウィンクするヴィンチェンツォに、絢瀬は随分庶民的なプリンチペね、と思わず笑ってしまった。