title by icca(https://iccaxx.web.fc2.com/)
ホワイトデーとは日本特有の文化である。贈るお菓子の意味がナントカいう文化もあるが、ヴィンチェンツォは特に気にしていない。お菓子に込められた意味よりも、お菓子に込められた思いのほうが大事であるという考えもあるが、なによりそもそもお菓子を贈らないから興味がないというのが大きい。
というのも、彼が気持ちを込めて贈る相手は絢瀬ただ一人であるからだ。無論、職場の女性陣にも贈るのだが、向こうも義理で、なおかつ連名で贈るのだから、男性陣も義理かつ連名で返すのだ。そして、今年はヴィンチェンツォの担当ではなく、副部長が担当だ。すでに負担金は支払いを済ませているから、職場でなにかを贈る必要はないのだ。
ヴィンチェンツォは風呂上がりの絢瀬の髪をいじりながら、今年は君が欲しいって言っていたものにしたんだ、と口火を切る。一瞬反応が遅れた絢瀬だったが、すぐに何のことなのか察したのだろう。ホワイトデーね、と分かったように答えつつも、欲しいものなんて強請ったかしら、と不思議そうな顔をする。
「思い当たる節がないわ。なにか、あなたに強請ったかしら、わたし」
「強請った、ってほどじゃないよ。ただ、この間雑誌をタブレットで見ているときにいいな、って言っていたのを買ったんだ」
「よく覚えているわね。何に対して、いいなって言ったかなんて、わたし自信覚えていないわよ」
「ふふ、私、君に関してはとても頭が働くみたいなんだ。それじゃあ、何を買ってきたかは言わない方がいいかな? それとも、もう日付が変わるから、持ってこようか?」
「どんなものだったのか、気になりすぎて眠れる気がしないわね。もう日付変わってしまうもの、見てしまおうかしら」
絢瀬の額にキスをひとつ落とすと、ヴィンチェンツォは立ち上がる。ふんふん、と鼻歌を歌いながら部屋を出て行った彼に、本当に何に対していいな、と言ったのだったかと絢瀬は記憶の海を探す。雑誌をタブレットで見ていた、と言われても、思い当たる節が全くない。どの雑誌を見ていたのか教えてくれたなら、予想がつくものだが、当の本人は贈り物を取りに部屋を出てしまった。
そわそわと落ち着かない気持ちで待っていると、これだよ、とヴィンチェンツォは絢瀬に綺麗にラッピングされたそれを手渡す。小さなそれは、ヴィンチェンツォの手のひらにあるから小さく見えているのでは無く、実際に小さいものであった。ラッピングのリボンを外し、箱を開ける。そこに入っていたのは、二本のハンドクリームだった。それはラベンダーの香りと、桜の香りのものだった。
まじまじとハンドクリームを見て、たしかにいいな、と言った記憶を思い出す絢瀬。別にまだ普段使っているものがあるから、欲しいわけではないのだが、季節物となると少しだけ購買意欲が沸くものだから零れた言葉だったのだろう。本当によく覚えているものだ、と絢瀬は驚きながら、今のものがなくなったら使うわね、とヴィンチェンツォの頬にキスをする。
「ハンドクリーム、君はよくそこのメーカーのものを使っているからね。でも、ちょっと香りが強くないかい?」
「でも、伸びがいいのよね、この、メーカー。匂いは……たしかにちょっと強いけど」
「お店でね、桜のものを探していたら、似たような名前のものもあったから、どうしようか悩んだんだ。お店の人が、匂いを嗅がせてくれたから、こっちが君から香ったら素敵だなって思ってね」
「あら、嬉しいことを言ってくれるじゃない。そんなこと言われたら、今すぐにでも使いたくなるわね」
「さっきクリーム塗っていたじゃないか。今のものがなくなってからでいいよ」
「ふふ。桜の季節の間に使いたいわね、どうせなら」
「そうだね。使ってくれると嬉しいよ」
「……ところで、わたしからもホワイトデーのプレゼントがあるの」
取ってくるわね、と立ち上がった絢瀬に、ヴィンチェンツォはなんだろうなあ、と楽しみだと言わんばかりの笑顔を浮かべる。
貰うばかりでは、と絢瀬はバレンタインに彼からチョコレートをもらうのだから、とホワイトデーにもプレゼントを用意するようにしていた。見つけられたらつまらないから、と買ってきたそれを肌着の引き出しに仕舞っていたのだ。肌着の中から引っ張り出した箱は、薄く、平らな箱だ。それを持ってリビングに戻ると、ヴィンチェンツォは明らかにソワソワした様子で待っていた。
そんな彼にくすくすと笑いながら、絢瀬はこれ、と手渡す。気に入ってもらえるといいんだけれど、と繋がった言葉はラッピングを外す彼には届いていないようだった。
丁寧にラッピングを外したヴィンチェンツォは、箱を開けると、めずらしいね、とそれをつまみ上げる。
「名前入りのUSBメモリーだなんて、素敵だね。職場でも無くしたり、間違って持って行かれたりしないで済みそうだよ」
「あなたの仕事なら、欲しいかなって思ったの。喜んでもらえて良かったわ。今回は相談しなかったから、気に入らなかったらどうしようかと思っていたの」
「相談に来なかったから、プレゼントはわたし、って言われたらどうしようかと思ったよ。素敵なプレゼントだけれど、明日は出勤だからね」
「あら、毎回それじゃあつまらないじゃない。でも、好きじゃないものは贈りたくないから、来年のホワイトデーはまた相談させてね」
「もちろん、君からの相談はなんだって受付中だよ」
明日職場に顔を出すから、ついでに見せびらかしちゃおうかな。
ウキウキしているヴィンチェンツォに、それじゃあ寝坊できないわね、と笑いながら絢瀬は彼の腕を引いて寝室に向かうのだった。