その日、店に来た男女の客は目を引く二人組だった。ただの男女なら、ああ婚約指輪かな、と思うことができただろう。今日きた二人も、指輪を見ては素敵だねと言っていたから、おそらくそういう客だろう。しかし、見た目がひどく派手だったのだ。
男の方は二メートルはあるエントランスの扉との縮尺がだいぶおかしくなる高身長で、左の腕に大きな刺青が入っていた。大輪の赤い薔薇に、青と黄緑の鳥が二羽飛んでいる。右腕にも文字が彫り込まれていて、目はそちらに向かうばかりだ。
筋肉で覆われた分厚い身体に、落ち着いた煮出したミルクティーよりも濃い紅茶色の髪と、丁寧に整えられている髭が、彫りの深い顔をより威厳のあるものに見せている。
女性の方も華やか、というよりは落ち着いた雰囲気で、綺麗な顔立ちをしている。すっ、と通った鼻筋に赤い口紅が唇を彩っている。新緑の目はどこかで大陸の方の血を引いているのだろうと予想させる。
男性のように彫りが深いわけではないが、はっきりとした目鼻立ちの彼女も、女優だと言われても信じてしまいそうなほどに整っていた。アイドルやモデルのような華やかさはないが、落ち着きのある顔立ちは女優然としているのだ。
「この指輪も素敵だね」
「そうね。細いのもいいけれど、あなたに合わせるならもっと太めのものの方がいいんじゃないかしら」
「ん? 婚約指輪は女性が身につけるものだって、参考にしたネット記事にはあったけれど?」
「あら、それじゃあつまらないわ。どうせならお揃いにしましょう?」
別に男性が身につけたらいけない、なんて決まりはないんでしょう?
そう告げた彼女は、店員さんにどんなリングがあるか聞いてみましょうよ、と彼の腕を引く。それもそうだね、と満更でもなさそうな男性は頷く。それを受けて、私は二人に声をかける。カウンターに案内すると、二人は並んで座る。先に口火を切ったのは男性の方からだった。
「婚約指輪を探しているのだけど、いいものはないかな」
「できれば、男性が身に付けてもおかしくないものがいいのだけど」
「なるほど……そうですね、いくつかございますが、婚約指輪とのことですし、華やかなもののほうがいいでしょうか?」
「うーん、そうだね。シンプルなものは結婚してから身につけるし、婚約指輪だものね。華やかなものがいいな。アヤセもそれでいいかい?」
「ええ。派手すぎなければいいわ」
ヴィンスのセンスを信じているわよ。
アヤセ、と呼ばれた女性は穏やかに微笑みながら、ヴィンスと呼んだ男性にそう告げる。これは責任重大だね、と笑う彼は、どんなものがあるのかと尋ねてくる。リング枠のデザインで、男女問わず人気のあるデザインのものを提示すると、スマートで素敵だね、と男性は目を細める。女性の指にも、男性の指にも悪目立ちしにくいデザインのそれに、でも立て石は目立ちすぎるな、と難色を示す。
それならば、と宝石をリングに埋め込むタイプのものを案内する。服にひっかかりにくいし、悪目立ちしにくいだろう。今回の場合、女性だけではなく男性も身につけるのだから。いかがですか、と言えば、女性のほうが服に引っかかりにくそうでいいわね、と満足げだ。
「それに、こういうデザインなら、気兼ねなく普段から使えそうだわ。せっかく贈ってもらえるのだもの、普段から使いたいわ」
「そうだね。それに結婚してからも、こういうタイプなら重ねてつけることもできそうだよね」
「なるほど……普段使いされたいということですし、今後結婚指輪と重ねづけされるのでしたら、こういうデザインのものもございまして……」
「へえ! レールみたいに地金で宝石をとめるのか……シンプルでいいね。手のひらのほうに宝石はいらないし、このデザインがいいな、私は」
「ヴィンスもそう思う? わたしも素敵なデザインだと思うわ。材質は、金じゃないのもあるのかしら」
女性から素材について質問がされる。もちろんです、と答えながら、プラチナやシルバー、金などを提案しながらも、メンテナンスの楽さではプラチナですね、と付け加える。普段から使うのなら、メンテナンスがどれだけ楽かは大事である。特に銀は熱伝導率がいいことと、変色がしやすいのもある。予算こそ抑えられるが、あまり個人的にはオススメしにくい素材だ。
二人はプラチナか金かで相談している。デザインはだいたい決まったが、地金の素材選びは大事だからいたしかたないことだろう。金は君に似合うと思うよ、というい男性に、プラチナもあなたに似合うんじゃないかしら、と女性が返している。ほほえましいやりとりを聞きながら、試しにはめてみますか、と尋ねると、二人は頷く。シンプルに素材の色を見て貰うための指輪を用意して二人の前に差し出す。女性が金とプラチナの指輪を交互につけて、男性がプラチナも似合うね、とうならせている。男性のほうは抜けなくなると怖いから、と手のひらの上に乗せて色味を確かめている。
「金もいいけど……やっぱりプラチナのほうが似合うんじゃないかしら。肌の色的にも綺麗だと思うわ」
「うーん……そうかもしれないね」
「それに、婚約指輪をプラチナにして、結婚指輪を金にしてもいいんじゃないかしら」
「なるほどね。君は本当に頭がいいね。そうしようか」
「ふふ、決まりね。それじゃあ、次はなにを決めたら良いのかしら……」
指輪を戻しながらそう告げる女性に、埋め込む宝石とカッティングですね、と私は微笑みながら返す。婚約指輪もダイヤモンドだと思っていたよ、と目を丸くする男性に、今はルビーやサファイアを使う方もいらっしゃるんですよ、と告げる。
「サファイアか。サムシングブルーだね。青いサファイアは花嫁に幸せを運ぶんだよ」
「あら、詳しいわね」
「妹がその手のことが好きだからね。ダイヤモンドがいいなら、私はそちらでもかまわないよ?」
「いいえ。サムシングフォーにならっていこうじゃない」
そういう習わしを踏襲するのも大事だわ。
そう女性が言うと、すぐに決まっちゃったね、と男性は肩をすくめて笑うのだった。