花金で飲んだ翌日に待っているのは二日酔いだ。そこまで酷い二日酔いにはならなかったが、どうにも酒が残りやすい体質の巣鴨は、重たい体を引きずってシャワーを浴びる。
熱いシャワーを浴びて多少体が軽くなった気がしたまま、シャワーのコックを捻る。濡れて下がってきた前髪をかき上げて、曇った鏡を拭う。目を細めて、鏡の向こうに見える自分の顔は、まだ疲れているように見える。
「ううう……酷い顔してるなあ……」
もそもそと風呂場を出た巣鴨は、のろのろと髪と体をふかふかのタオルで拭く。ボクサーパンツを履き直し、サルエルパンツとTシャツに着替える。
リビングに戻り、テレビをつけたところで玄関のドアが開けられる音が聞こえる。回覧板を回してきた晶が帰ってきたのだろう。テレビをそのままに玄関に向かえば、タンクトップ姿の晶が靴を脱ぐところだった。剥き出しの腕が眩しい。
「晶ちゃん、おかえり……って、せめてカーディガンくらい羽織ってよお」
「……ん。外、暑くなりそうだった」
「そっかあ」
眉よりも高い位置で短く切り揃えられた前髪と、ボーイッシュという言葉よりも男らしく短くされた後ろ髪。相変わらず恋人はかっこいいなあ、と思いながら、巣鴨は朝ごはんにパンを焼いてもいいか尋ねる。
「……冷蔵庫」
「え? もしかして、ご飯用意してある?」
「ん」
「やった! あっためて食べなきゃ。今日は何?」
「トマトソースリゾット」
「わあ! すごいね、豪華だ」
そうでもない、と晶が言葉を続けるよりも先に、巣鴨は冷蔵庫の扉をあけている。冷蔵庫の中にラップがかけられていたスープマグをとりながら、レンチンしていいの、と晶に確認してくる。その言葉に頷きで返してやれば、そのまま電子レンジの中に入れて……そして、ワット数と時間は、と尋ねてくる。六百ワット、二分半。簡潔に答えると、跳ねるような声で礼が飛んでくる。
ピザ用チーズと冷えた白米とケチャップ、卵をはじめとした具材を混ぜてあたためるだけの――彼女が一人暮らしを初めて、真っ先に覚えた手軽に食材を消費できる料理程度にしか晶は認識していないのだが、巣鴨ははじめての恋人が作ってくれるものならば、なんだって大げさに喜んでくれるのだ。
ちーん、とあたためが完了したマグを取り出して、テレビ前のちゃぶ台の前に座る。そのままスプーンで掬って食べようとする巣鴨に、もうちょっとおしゃれな見た目にしてやろう、とせめてもの情けが出てきた彼女は、買ったままそこまで使われていない乾燥パセリの袋を引っ張り出す。同じものを朝食として食べたときは、そんなものは振りかけなかったので、自分も大概彼に惚れているのだろうな、とのんびりと考える。
「わ、パセリ……! 晶ちゃん、おしゃれだね……!」
「レシピサイトにあった」
「へええ……おいしいし、おしゃれだし凄いなあ……」
「……材料を混ぜただけ」
「俺なんて、これがなんの材料で出来てるのかすら分からないよ。ごはんと、チーズと……?」
「ケチャップ、卵、ツナ缶。あとはミックスベジタブル」
「ツナ缶入ってるの!? え、全然わかんない」
ツナ要素どこ!
ふうふう、と息を吹きかけて冷ましながら、巣鴨は料理って凄いなあ、と驚いている。むむむ、とうなる彼を微笑ましく思いながら、晶は形の良い丸い頭に手を伸ばす。思わず妹にするような頭のなで方をして、はっ、と気がつく。彼は幼い妹と違って、立派な成人男性であることに。
気を悪くしたのではないか、と巣鴨を見るが、彼はきょとんとした顔をしているだけだった。晶は巣鴨の頭にのせたままだった手をどけると、撫でてすまない、と謝る。その言葉に不思議そうな顔をした彼は、別に不快ではないよ、と返す。
「それならよかった」
「俺、末っ子だから、頭撫でられるの慣れてるしね。撫でたかったら、その……どうぞ……?」
「なるほど……?」
「なんていうか……今の俺の日本語が変……! でも、まあ、その。まだ付き合って半年ぐらいだし、お互いにその辺は価値観とか、すりあわせていこうよ」
同居だって、はじめて一ヶ月なんだもの。
そう言って笑った彼に、晶は頷く。どうにも口下手で、他人のためになにをするにも億劫な――腰をあげるまでに時間がかかりすぎる彼女を、こうして引っ張ってくれる巣鴨の存在には大いに助けられている。精神的には助かっているが、同居生活においては家事の一切を晶が担っているためにあまり助けられてはいないのだが。
なにせ付き合うまで実家暮らしだった彼ができる家事はほとんどないけれども、手伝おうとする姿勢はある。誰かに言われたのか、何事もやる前に手順を確認してくるのもかわいいところである。最近では、洗濯物ならばひとりで丁寧に――少々時間がかかりすぎるが、畳んでくれるようにもなった。
かっこいいって思われたいからね、と言いながら洗濯物をせっせと畳む彼の姿は、どちらかと言えばかわいいに分類されるのではないだろうか――そんな少し前の出来事を思い出していると、おいしかった、と巣鴨がスープマグをシンクに置いている。ちゃんと水を張っているあたり、親御の躾の賜物だな、と晶はぼんやりとその姿を目で追いかける。
水につけ置きをしてテレビ前に戻ってきた巣鴨は、そうだ、と口を開く。
「晶ちゃんってさ、どういうのがかっこいいと思う?」
「……?」
「あ、ああー……これだけだとわからないよね。そう、俺も晶ちゃんにかっこいい! って思われたいから、まず、晶ちゃんのかっこいいを知りたいです」
「ああ、なるほど……」
かっこいい、と言われて晶は顎に手をやる。実際問題、彼女にとってかっこいい、の基準が明白ではなかったからだ。