「それで、この間言ってた結節点の結晶、ってなんなわけよ」
「我々の世界でエネルギーとして利用されている元素ですね。結晶化すると膨大なエネルギーを含んでいるので、扱いが難しいのですが、人為的に結晶化させ、エネルギーとしています」
「へえ……そんなものが地球にもあるんだ。そういうのは他の惑星ぐらいだと思っていたけど」
「おや、貴方にしては考えが浅いのでは? 化石燃料や再生可能エネルギーの一部に頼っている地球では、たしかに考えが及びにくいかも知れませんが……」
「地球だと、化石燃料や再生可能エネルギーぐらいしか今の時点では実用化されてないからね……」
斜め三十度ぐらいの角度から説明されても流石に追いつかないわよ。
苦笑しながら、優はウェイトレスが運んできたカフェモカに口を付ける。それもそうかもしれませんね、と千種川はホットコーヒーに口を付ける。賑やかな祝日の三時頃はどこの飲食店も混んでいる。優と千種川が立ち寄った駅の地下街にある喫茶店にも列が出来ていた。案内されて席に着くや否や、コーヒーとカフェモカを注文して二人は先日の出来事について話していた。
あれから不可思議な現象に巻き込まれることも無く、優は日々を過ごしていた。スクールバッグの底に仕舞われたり、外出用のカバンに仕舞われたりしたベージュの手袋の出番は無かった。それを報告すれば、結節点の結晶自体はそこまで頻繁に生み出されるものでは無いですから、と千種川は説明する。
「所謂、超常現象などはおおよそ結節点の結晶、およびそれを構成する元素で発生しています。先日のループ空間などがそれですね」
「ループ空間の他にもあるんだ?」
「元素がどう組み合わさっているかによるので、常にループ空間というわけではないですよ。そして殊の外、こういう現象に遭遇しやすいのが青木です」
「ああ……大変そう。超常現象ってああいうのが原因だっていうのは分かったけど、ラップ現象とかもあれが原因だったりするわけ?」
「そうですね。元素の結びつきによっては発生するでしょう。何分、僕は遭遇したことがないので、確実なことが言えないのですが……」
「ふうん……」
幽霊の正体見たり枯れ尾花ってやつね。
そう優はカフェモカのカップをテーブルに戻しながら告げる。超常的な出来事を不可思議なままではなくなったのが残念でしたか、と千種川が尋ねると、彼女は謎は謎のままのほうが面白いこともあるっていうのは分かるわ、と眉間に指をあてて優は唸るように返事をする。それだけでは解明出来ていない事象もありますよ、とまるで慰めるように彼が言えば、優は慰めになってないわよ、と笑う。
「あれって、壊しちゃったけどよかったわけ? エネルギーになるんでしょ?」
「ええ。ただ、人為的にエネルギーとして生み出したものの場合、に限ります。自然発生した結節点の結晶に関しては破壊が推奨されています。前回のように別空間に接続されてしまえば、あの結晶にエネルギーとしての利用価値はありませんから」
「ああ……まあ、たしかにあのまま出られなかったら、下手しなくても死んでいたかも知れないわけだしね……」
「どのように結節点の結晶が自然発生するのかも、それらがどのような影響を与えるのかも我々は未だ解明の途中ですから、いずれはあのように別空間につなげる結晶であっても、エネルギーとしての利用価値が生まれるのかも知れません」
「ま、いずれは、っていうのが頭に着くよね。それはまあ、しかたないか」
「興味がありましたか?」
「そりゃあ、まあ、多少ゲームをしたりするからね。その元素を意図して使ったら、魔法みたいなことも出来るんじゃないかなって思ったりしただけよ」
何も無いところに火を付けたりね。
そう笑った彼女に、そういう扱い方をするのは考えたこともありませんでした、と目をぱちくりさせながら千種川は答える。まあ、あんたはそういうのを触れてきてないでしょうしね、と優は笑ってカフェモカを嚥下する。苦く甘ったるい飲み物が喉を通る熱さだけが残る。
「我々の惑星ではそのように元素を扱う存在はありませんでしたが、過去にはいたかもしれませんね。それか、他の惑星であれば、そのように扱う存在もいるかもしれません」
「あー、そっか。今でこそエネルギーだけど、過去にはそれがエネルギーになるとは思ってなくて、あたしが言ったような使い方をされてたかもしれないのか。それはそれでロマンがあるわね」
「ロマン、ですか」
「たらればの話はロマンがあるんですって。なんの本だったかは忘れたけれど、そんなことが書いてあったわ」
受け売りにすぎないわよ。
そう言うと彼女は、カフェモカのカップではなく水の入ったグラスを手に取るのだった。優が告げた言葉に首をかしげながら、過去の世界にロマンがある、というのはしばしば聞きますね、と千種川も不思議そうに頷くのだった。