巣鴨雄大はスマートフォンの画面とにらめっこをしていた。ブラウザーの検索履歴も閲覧履歴もバレンタインで埋まるほどには、ここ最近の彼はそれを検索していた。というのも、目と鼻の先に迫っているチョコレートの祭典のためだった。
女性だてらに男よりも男らしい恋人である晶は、それはもうチョコレートを大量に貰ってくる。通勤に使っているバイクに乗り切る分にしてくれ、と言っているのか、周囲が気を利かせているのかは定かではないが、ぎりぎりの積載量で帰ってくるのがこの時期の常である。バレンタイン当日だけではなく、前々日あたりから持ち運び始めているのだから、それほどに彼女は好かれているのだと巣鴨は鼻が高い反面、自分の恋人に色目を使われて良い気持ちではないのはある。それでも、甘い物がそれほど得意ではない彼女から、高級チョコレートやら話題のチョコレートやらをお裾分けされるのは悪い気持ちではないため、嫉妬心などすぐに吹き飛んでしまうのだけれども。
それはそうとして、恋人からチョコレートを(その大半が他の女性からもらったものであったとしても)いつももらってばかりでは巣鴨としてもなんとも言えない気分である。もやもやするともいう。せっかくの恋人の季節、チョコレートの祭典に乗っかりたい、というお祭り大好きな精神が疼いているともいう。
最近は逆チョコというのもあるのだから、自分がチョコレートを用意してみるのはいいのではないか、と思いついた彼は、職場の先輩であるヴィンチェンツォに相談をして、簡単な生チョコレートを用意したら、という彼の言葉を採用したのである。ついでにもらったヴィンチェンツォのレシピを参考にいくつか試作品を作ってみた巣鴨は、性格故か職業病か、ラッピングにこだわりたくなってきたのだ。そうして、冒頭のようにブラウザーの閲覧履歴や検索履歴がバレンタイン関係で埋まると言うことになっている。
「うーん……やっぱりこう、茶色ベースにシックにまとめるか……でもやっぱりバレンタインだし、赤とピンク……」
恋人を目の前にしながら、うんうん唸る巣鴨を、晶は面白いものを見る目で見ている。隠し事ができないことを理解している巣鴨は、あらかじめ晶にバレンタインにチョコレートを作っていることを伝えていた。だから、今彼が悩んでいることを晶は理解していたし、どうせ悩むぐらいなら二つ作れば良いのではないか、とも思っていた。それを伝えると、甘い物得意じゃないでしょ、と困ったように巣鴨が返事をするのが目に見えていたから答えなかったが。
別に甘い物を好んで食べないだけで、決して苦手ではない晶は生チョコレートが小さめの箱二つ分に増えたところで大した問題はないのだが、と考えているのだが、それを伝えるのを面倒くさがるのが彼女である。そもそも、ラッピングなんてすぐに捨ててしまうのだから、そこまでこだわる必要があるのかすら、晶には理解しがたいのだけれども。
「ラッピングなんて、すぐにはがすからなんでも構わないが」
「だめだって! ラッピングまでこだわっての手作りチョコでしょ!?」
「そんなものか?」
「そんなものだって!」
「そうなのか……」
熱く語る巣鴨に、ちょっと引きながら晶は引き下がる。こういった贈り物にたいして、無料の簡易ラッピングで済ませるのが晶で、きちんと有料でもしっかりとしたラッピングを希望するのが巣鴨なのだ。その相違すら晶は飽きることがないから好意を抱いているのだが。
あぐらを掻いた膝に肘をついて巣鴨を見ていた晶だったが、そろそろ悩み続ける彼を観察するのにも飽きてきた頃、巣鴨はそうだ、とうんうん悩んで下を向いていた顔を上げる。じっと見ていた晶と視線が噛み合って、巣鴨はちょっと照れくさそうにしながら、俺を観察してそんなに楽しいのかい、と尋ねる。
「ああ。飽きないぞ」
「ええ……そんなに面白いことしてるかなあ」
「ああ、面白い。表情がコロコロ変わるところとかが特に」
「うーん、そんなに百面相しているつもりは全くないんだけどな……」
「ほら、また表情が変わった」
「んもー! 晶ちゃん、からかってるでしょ!」
「からかっているが」
「正直に答える! もう! そういうところが好きだよ!」
きゃんきゃん小型犬よろしく吠える巣鴨に、決まったんだろう、と晶が言えば、まあね、と巣鴨は鼻先をこする。
「茶色とベージュ系でまとめようかなって。リボンをゴールドにするつもり」
「赤やピンクじゃないのか」
「うーん、そっちとも悩んだんだけど、今回の晶ちゃんが持ち帰ってきた分でも、そういう色合いのものがたくさんあったから、埋没しちゃいそうだなって」
まあ、茶色系もたくさんあったから、埋没しそうではあるんだけどね!
からからと笑ってそう言った巣鴨に、ラッピングについてそこまで見ていなかった晶は、そうか、と答えるだけにとどめておいた。流行や装飾に目ざとい巣鴨がいうのなら、きっとそれが正しいということを彼女はよく知っていたからだ。