仕事終わりの夕飯時、チャンプルタウンの店はどこだって混み合う。それは安くてうまい宝食堂だって例外ではない。
人の多い時間帯にも関わらず、するっと思いの外並ぶことなくカウンター席に案内される。よかった。これ以上並ぼうものなら、腹の虫がストライキを起こすところだったからだ。
カウンター席の端っこは、いつものくたびれたサラリーマン(昼に食べに来るときも見かけるのだから、きっと相当この店を使っているのだろう。常連中の常連だ)がいる。その隣には、時々彼と一緒にやってくる青年が座っている。肩まである髪を結い上げた彼は、おかみさんから料理を受け取っている。
「アオキさん、はい」
「ありがとうございます」
「いつもレモンだよなあ。わさびもおいしいのに」
「食い慣れた味が一番なので……それに、わさびが食いたくなったら、君から一口いただければいいので……」
「オレのを食うのかよ! 別にいいけど……」
ぶつぶつ言いながらも、青年はお茶碗に焼きおにぎりを入れて、わさびをのせる。その上から温かい出汁をかけている。もうそれがうまそうに見えて仕方がなかったので、彼と同じものを、と思わず注文する。うまそうなものは食べたくなるから仕方がないとして、一瞬視線を感じた。隣から、食べたかったら隣の人みたいに自分で注文しろよな、という声が聞こえた。
注文した出汁茶漬けにできる焼きおにぎりを受け取ると同時に、新しい注文が聞こえる。焼きおにぎり二人前レモン添えの火力だいもんじ。おかみさんが復唱すると同時に、にわかに店内が騒がしくなる。
なんだ、と後ろを振り返れば、座敷に座っていた人たちが料理を手に座敷を後にしている。店員たちが総出で畳を座敷の外に運び出して、床が見える。
その床はしっかりとした建築材でできていて、見覚えのあるバトルコートの模様が描かれていた。初めて見たが、この街のバトルコートはここなのか。まだこの街に赴任して日が浅く知らないだけで、別の街と同じで街中にバトルコートがあるものだと思っていた。
ぽかん、としていると、隣に座った座敷席の客が、あんたこれを見るのは初めてかい、と話しかけてくる。
「え、あ、はい」
「ならよかったな。ジム戦が見られるぜ」
「え、ジム戦? ここでですか?」
「そうさ! うちの街のジムリーダーは強いからな」
アオキさん出番だよ、とおかみさんに声をかけられて、カウンター席の端に座っていたくたびれたサラリーマンが立ち上がる。ただの常連客ではなくて、ジムリーダーだったのか、と驚いていると、サラリーマンの隣に座っていた青年が、応援してる、とサラリーマンの背を軽く叩く。
「業務ですので……まあ、ほどほどに頑張ります」
「頑張れよな! 応援してるぜ」
「君に応援されては頑張るしかないので」
「からげんきじゃないよな?」
「からげんきではないですよ」
そんなやりとりをしてから、サラリーマンはビジネスバッグを手にコートに立つ。チャンプルジム配属ジムリーダーです、と名乗る彼に、マジかあ、と驚きながら、出汁茶漬けを啜る。明日ジム戦を見たと同僚に自慢しよう。
サイドスローで繰り出されるポケモン。勝負はすぐに着いてしまった。明らかにチャレンジャーのポケモンたちは、ジムリーダーの繰り出すポケモンよりも鍛えられていないのは素人目にも分かってしまった。
試合の後にチャレンジャーの獲得バッチを確認したサラリーマンは、ジムリーダーらしく他のジムに挑戦してからまた来てください、と慰めていた。ハッコウシティやカラフシティのジムリーダーに挑むことをお勧めします、とスマホロトムのタウンマップを見せている。それを見ながら、はい、とチャレンジャーは力強く頷く。きっと彼はまたチャレンジしにくるんだろうな、と思わせる力強さだ。
ポケモンを連れて店を後にした彼を見送った彼は、カウンター席に座ると途中だったおにぎりを口に運ぶ。それを見ながら、サラリーマンを応援していた青年はお疲れさま、と彼を労る。
「ええ、まあ、これも業務ですから」
「でも大変だよなあ。いつチャレンジの呼び出しがあるか分からないとさ」
「それは、まあそうですね。今では慣れましたが、営業先で呼ばれたときは困りますね」
「あー、大変そう。向こうの人は分かってくれてるのか?」
「ええ。自分が抱えている顧客は、ジムリーダーをしていることを知っている方ばかりですし、なによりそれを知っていて自分を指名してくれる方ばかりですから」
「へえ。アオキさんがいい、って言ってくれるなんて、すごくいい人たちだな」
「自分の何がいいのか、皆目分かりませんが……ありがたい限りです」
「アオキさん、真面目だから、そういうのがいいんじゃねえの? オレ、そういう仕事のことは全然分からないけどさ……」
やっぱり真面目に仕事してくれる人の方が頼みやすいもんなんじゃねえの。
聞いている側でも頷きたくなる青年の発言に、誰しも真面目に取り組んでいるのですけれどね、とサラリーマンは不思議そうに首を傾げる。仕事をきっちり真面目に仕上げてくれる人間は貴重なんだよな、と思いつつも、話を勝手に聞いている身としては沈黙を決めるのだった。