手帳を開いてペンを握ったアオキは、ペパーに家を建てるなら何が必要か尋ねる。突然尋ねられたペパーは、え、と大きな目をさらに大きくして、きょとんとしている。
夕飯を食べ終わり、皿を二人で並んで洗い、食器棚に片付け、団欒の時間を過ごすタイミングでのことだった。マグカップにノンカフェインのコーヒーと紅茶をそれぞれ淹れたペパーは、突然なんだよ、と言いながら、コーヒーの方をアオキに渡す。
ダイニングテーブルについたままのアオキは、ありがとうございます、とカップを受け取る。向かいに座ったペパーに、そろそろマンションでは手狭になってきたと思いまして、と過程を話し始めるアオキ。
「手狭? あー……たしかにオレたちがいるとちょっと狭いかも」
「そうでなくても、自分のとりポケモンたちには天井が低いですし。なにもペパーさんのせいではありませんよ」
「なら、いいけど……それが、家を建てることになったんだ?」
「ええ。どうせなら、あなたとの終の住処を建てようかと」
キッチンはあなたの好みに、とりポケモンのために天井は高い家が欲しいですね。
そう話すアオキに、ペパーは彼のこれから来るであろう将来の中に自分が当たり前のようにいることにむず痒くなる。誰かの中に当たり前に自分が根付いていることを感じることは、これまでの人生にないことだったからだ。
「キッチン、オレの好きにしていいのか?」
「ええ。あなたが一番使う場所ですから、あなたが使いやすいようにしてください」
「でも、金とか……」
「安心してください。兼任が多いと手当もしっかりつくんで、金の面であなたを困らせることはありません。それに、」
「それに?」
「……あなたはもっとわがままを言っていいんです。だから、キッチンに関して妥協せずにこだわって欲しいですね」
「……! オレ、もう十分にわがまま言ってるよ」
「自分からすれば、まだ全然です」
「そうかぁ?」
「そうです」
力強く頷くアオキに、ペパーは納得いかない顔をしているが、どういうキッチンが好みですか、とアオキは尋ねてくる。その手元の手帳のフリーページには、すでに高い天井、広めの寝室、と書かれていた。
その文字たちに、自分だけではなくて、アオキ本人の意見も反映させるつもりがあることにペパーは、本当に二人の家を建てるのだと理解する。
「ん、っと……シンクとかコンロはオレの使いやすい高さでいいか? アオキさんにはちょっと低いだろうけど……」
「構わんですよ。今でも椅子に腰かけて皿を洗っとるでしょう」
「それもそっか。あ、あとキッチンからみんなが何してるか見えたら嬉しいなって。たとえば、外でウォッシュしてるアオキさんにキッチンから声かけたいんだよな」
「ああ、いいですね。どうせなら、中庭を作りましょう。トロピウスやパフュートンが喜ぶように、水辺や緑もあるといいでしょうか」
「スコヴィランもパルシェンも喜びそうだな、それ」
「屋内は天井は高い方がとりポケモンたちは喜ぶので譲れませんね……」
「キョジオーンものびのびできそうだな」
あとは、あとは、と口をついて出てくる意見を、どれひとつとして溢さずにアオキは手帳にメモをしていく。空白の多かったフリーページは、気がつけばボールペンの細く小さな文字でびっしりと埋め尽くされている。
それを見たペパーは満足そうに笑う。
「へへ、こんなに注文の多いキッチン、きっとそんなにないと思うんだ」
「そうかもしれませんね。……ああ、キッチンの家具の色だけ、自分がしてもいいですか?」
「ん? 別にいいぜ? 何色にするんだ?」
「黄色と青に」
黄色は君の色ですし、青は自分の名前に掛かっているので。
いつもと変わらぬ無表情で言ってのけたアオキに、ペパーは一瞬理解が遅くなる。言葉が脳に届いて、理解して、それから――耳まで茹だったように赤くなる。
あ、とも、う、ともつかぬ声を上げながら、ペパーはいいけど、としどろもどろに返事をする。そんな彼を不思議そうに見ていたアオキは、冷蔵庫は大容量、と書かれたメモの下にわずかにある空白に、家具は青と黄色、と書き加えるのだった。
「黄色い家具かあ。じゃあダイニングテーブルのテーブルクロスも同じ色がいいよな……」
「そうですね。統一感が出ます」
「ソファーは? オレは今ので全然いいと思うんだけど……浮きそうだよな、色が」
「そうですね……まあ、それもそれでいいのではないでしょうか。生活を重ねた証拠です」
しばらく前に新調した三人がけのフロアソファーはまだまだ現役で、しばらく買い替える必要がない。しかし、フロアソファーはダークブラウンの色味をしているから、これから黄色と青になる部屋には不釣り合いかもしれない。それでも今の部屋から似合うと思って買った家具である。ともに生活を重ねた証拠と思えばなんでもない。
広い家を作るんだって、と近寄ってきたスコヴィランに話しかけているペパーに、土地はすでに押さえてある、といつ言うべきかアオキは少し考えてから、今日でなくても良いだろうと判断する。スコヴィランに続いて近寄ってきたパフュートンに水浴び場のある家がいいよな、と話している彼に、これ以上の情報を与えたらキャパシティオーバーもいいところだろうから、アオキは手帳を閉じて、ペンホルダーにペンを刺すのだった。