title by alkalism(http://girl.fem.jp/ism/)
「ヴィンス、一緒にお風呂に入りましょうよ」
「素敵なお誘いだね。もちろんいいよ」
「よかった。入れてみたい入浴剤があるの」
入れてもいいかしら。
そういうと、絢瀬は取ってくるわね、とリビングを後にする。寝室へ鞄でも取りに行ったのだろう。そんな些細なことはヴィンチェンツォにはどうでもよくて、ただ久しぶりに二人で入浴することに喜んでいた。
人並外れて大きな――二メートルの巨躯では、一人で湯船に浸かるだけでも大量に湯がなくなる。必然的に絢瀬が先に入り、ヴィンチェンツォが後に入ることとなる。
だから二人で入るのは稀なことだ。そもそも一般的な成人が一人で入浴することが前提の浴槽に、規格外な体躯を入れるのでもなかなかなのに、二人で並ぶことはあまりない。性行為とはまた違う肌のふれあい方がヴィンチェンツォは好きなのだが、ゆっくりと体を癒すための入浴かと言われると、どうしても首を傾げてしまう。
嬉しいけどどうしたのかな、とヴィンチェンツォが考えていると、ただいま、と絢瀬が帰ってくる。
「これを入れてみたいの」
「泡風呂?」
「ええ。貰い物なのだけど……面白そうじゃない?」
一人で楽しむのはなんだかもったいない気がしたの。
そう、へにゃ、と笑った絢瀬に、彼女の楽しみの中に混ぜてもらえたことが嬉しくて、ヴィンチェンツォの胸の内に暖かさが広がる。
泡風呂なんて初めてだな、と言いながら、ヴィンチェンツォはパッケージの裏面を確認する。翌日の洗濯に今晩の湯は使えなさそうだし、しっかり湯船もパイプも洗う必要はあるようだが、それは仕方がないことだ。楽しみの後片付けは嫌いではない。
小さな一回限りのパッケージを手にしながら、立ち上がった彼は、早速入ろうよ、と絢瀬の腰を抱く。せっかちね、と笑いながら絢瀬は筋肉で覆われた彼の腕を撫でる。
「泡風呂なんてドラマみたいで楽しみだね」
「そうね。リッチな気分よね」
「うんうん」
服を脱いだ二人はバスルームの扉を開く。掛け湯をして、体を洗う。そわそわしているヴィンチェンツォに苦笑しながら、泡でもこもこになったスポンジわ渡した絢瀬は、背中お願いね、と頼む。優しくも力強く背中を洗う彼に、背中洗ってあげようか、と絢瀬は提案する。
いいのかい、と喜色満面の彼に、一緒に入っているんだもの、と絢瀬は頷く。スポンジを返された彼女は、分厚い筋肉で覆われたその背中にスポンジを滑らせる。少し力を入れてみても、痛がる気配なんて毛頭ない。
「アヤセ、本当に力入れてる?」
「入れてるわよ。はい、洗い終わったわよ」
「ありがとう。髪の毛も洗ってあげようか?」
「ふふ、申し出は嬉しいけど、恥ずかしいから自分で洗うわ」
「……そんなことよりも、もっと恥ずかしいことをしているのに?」
「……それ以上言ったら締め出すわよ?」
「ふふ! ごめんね、からかいたくなっちゃった」
許してくれるかい。
シャンプーをする絢瀬の耳元で囁いて、ヴィンチェンツォも自分用のシャンプーを手に取る。シトラスの香りがするそれは、お気に入りの商品でもう何年も使っている。
仕方のない人ね、と苦笑しながら絢瀬はシャンプーの泡を流してトリートメントをする。優しいねアヤセは、とヴィンチェンツォも、もこもこの泡を流して毛先に少しだけトリートメントをつけて洗い流す。
「じゃあ、お詫びにお湯をかけてあげるよ」
「あら、嬉しいわね」
「はい、目を閉じてね」
ざばーっ、とかけられるお湯がトリートメントを洗い流す。二回ほどお湯をかけた彼は、もういいかな、と髪に余分なトリートメントが残っていないことを確認する。
「ほら、あわあわにしようよ」
「ちょっと待って……眼鏡外すと切り口が見えなくて……」
「私が開けようか?」
「お願いしてもいい?」
「もちろんだよ」
ぴっ、とパッケージを開けたヴィンチェンツォは、さらさらと中身をバスタブに入れる。
しばらくもしないうちに、もこ、と泡立ち始めたバスタブに口笛を吹いて、シャワーを湯船に向ける。
「シャワーで一気に水をかけると、泡の量が増えるんだって」
「そうなのね。面白いわね」
もこもこもこ、と膨らむ泡を面白そうに見る絢瀬は、そろそろいいんじゃないか、と泡の中に腕を入れながら言う。腕を引っこ抜けば、無数の泡がたくさん腕にまとわりついていた。
腕にまとわりついた泡を手のひらで集めて、ふっ、とヴィンチェンツォに向かって吹き付ける。ふわ、と飛んだ細かな泡を見ながら、彼は面白そうに笑う。
「たまにはいいね、こういうの」
「そうね。入りましょう? お風呂は体を温める場所よ?」
「そうだね」
二人が――主にヴィンチェンツォが湯船に入ると、ざばり、と湯がたくさん流れる。泡も同じだけ流れてしまうが、もこもこの泡はまだたくさんある。
ヴィンチェンツォに背を預けるように座った絢瀬は、胸元に集まる泡を指で突いて遊ぶ。泡ごと彼女を抱きかかえるようにしたヴィンチェンツォは、もこもこの泡を手のひらに取ると、絢瀬の頬にくっつける。
そのまま、もふもふと遊んでいる彼に、楽しいかと尋ねる絢瀬。
「もちろんだよ。泡のお風呂なんて滅多にできないじゃないか」
「そうね。たまにはいいかもしれないわね」
「まあ、片付けとか考えると、本当にたまにでいいかな……」
床も滑りやすくなるから、出る時気をつけないとね。
絢瀬の頬に泡を塗りたくるのを辞めたヴィンチェンツォは、胸元にある烏の濡羽色をした頭にキスをした。