くしゅ。
ぶるり、と身震いをした絢瀬は両腕をさする。ノースリーブで来たのは間違いだったか、と彼女が思っていると、寒いかい、と頭上から尋ねてくる。心配そうな表情を浮かべるヴィンチェンツォに、少しね、と絢瀬は返す。
「やっぱり、カーディガン持ってきた方が良かったんじゃないかな」
「そうね……暑いからいらないと思ったんだけど、屋内は冷房で寒いくらいだなんて思わなくて」
「テアトロだから仕方ないね」
私の上着でも着ておくかい。
そうヴィンチェンツォが提案すると、絢瀬は頷いて彼からカーディガンを受け取る。彼が着ると五分丈のカーディガンだが、絢瀬が袖を通すと手首ほどまである。
先ほどまで着ていたヴィンチェンツォの香水混じりの体臭が、残された体温と共に香る。シトラスレモンの香りの香水を感じながら、絢瀬はあなたは寒くないの、と尋ねる。
「私は平気だよ。筋肉もあるしね」
「そう? それなら、借りてもいいかしら」
「もちろんだよ」
「ありがとう。たすかるわ」
幕間の休憩に、二人は劇場の売店に立ち寄る。お土産やお茶、弁当が並んでいる。和食が中心のお弁当に、ヴィンチェンツォは興味津々で覗き込んでいる。
「どうしようかな。こっちも、そっちもおいしそうだ。悩ましいな」
「なら、わたしと半分こすればいいんじゃないかしら。わたし、休憩の時間内で食べ切れる自信がないわ」
「そう? 君がそれでいいなら、そうしようか」
すいません、とヴィンチェンツォがお弁当を二つ頼む。見上げるほどの巨体の男が頼んでも、店員はにこにこ笑ってお弁当を準備する。
その間、ヴィンチェンツォは店の片隅に並んでいる保温機に目を向ける。そこに並んでいたのは、比較的小さな――絢瀬の手のひら程度の紙袋だった。中が膨らんでいるから、おそらくお菓子か何かなのだろう、と彼は予想する。
彼の目線の先に気がついたのだろう、店員がきんつばですよ、と紹介してくれる。
「寒天で固めた餡子を、小麦粉をまぶして焼いたものですね」
「へえ! おいしそうだ……それも二つもらえるかな」
「かしこまりました」
会計を済ませて、ヴィンチェンツォは壁際で待っている絢瀬の元に戻る。何を買ってきたの、と尋ねる彼女を連れて客席に戻る。
「幕の内弁当と、海老天のものだよ。あと、きんつば」
「きんつば? ……ああ、和菓子ね」
「うん。おいしそうだったからね。アヤセ、食べられる分だけでいいから、食べてよ。余った分をもらうからさ」
「そうするわ。おいしそうね、いただきます」
そっ、と箸を差し込み、絢瀬は海老天と白米を口に入れる。たれも箸を進ませる味付けだ。
その隣で、どのおかずもおいしそうだと思いながら、ヴィンチェンツォは箸を進める。焼き魚もだし巻き玉子も彼の好みで、一口サイズの俵型のご飯をどんどん進めていく。
すっかり空になった弁当の容器をビニール袋に片付けながら、ヴィンチェンツォは絢瀬の弁当を見る。まだ半分ほど残っていた。
「どう? そっちはおいしいかい?」
「ええ、とても。でも、もう少ししたら時間だわ。やっぱり食べ切るのは難しそうね」
「じゃあ、私が食べるよ。もういらない?」
「ええ、もうお腹いっぱい」
絢瀬から一口サイズの海老天が乗ったお弁当を引き受けた彼は、箸を差し込ませるともりもりと食べ始める。一口が大きいヴィンチェンツォが食べ始めると、あっという間になくなっていく。
ぺろりと平らげた彼は、おいしいねこれとご満悦だ。
「どっちもおいしかった。アヤセがいたから二つ食べられて、とても満足だよ」
「それはよかったわ。一口サイズの海老天がたくさん乗ってると、なんだかお得な気分ね?」
「そうだね。たれの味もよかったし、海老天はおいしかったし、うん。満足だよ」
「幕の内弁当もおいしそうだったわね」
「そうだね。とてもおいしかったよ。だし巻き玉子がね、凄く好みだったんだ。甘くないだし巻き玉子だったんだ」
「そう。それはよかったわね」
二人が弁当の感想を話していると、ぞろぞろと客席に人が戻ってくる。時間を確認すれば、休憩がそろそろ終わる頃だった。
「でも、よくコメディアンのショーのチケットもらえたよね。人気なんだろう? このコメディアンは」
「凄く泣く泣く、しかたがないから、って顔で押し付けられたけどね」
「そうだね。彼には申し訳ないけど、私たちにはラッキーだったからね」
「ええ。お土産は奮発しないとね」
「そうだね」
お土産コーナーに色々あったし、終演後に観に行こうよ。ヴィンチェンツォの提案に、絢瀬はそうね、と頷くのだった。