title by 天文学(https://yorugakuru.xyz/)
昼下がりのカフェは人でごった返していた。それも少しずつ収まりが見えてきて、ちらほらと空いている席が見えてくる。
さんさんと差し込む日差しがあたたかで、このカフェを選んで良かった、とパイをフォークで突きながら思う。このミートパイおいしいなあ、と突いているとからんからんと入り口のベルが鳴る。お客さんかな、とそちらを見る。入り口がよく見える窓際の席は、来店者がいると少しうるさいのが難点だが、まあ仕方がないことだ。
「素敵なカフェね?」
「だろう? 前にね、ユウダイが教えてくれたんだよ。彼女とデートで訪れたらしいよ」
「あら、そんなことがあったのね。ああ、二名で」
女性はヒールのある靴を履いている長身だったが――男性はそれよりもさらに背が高い。入り口のドアをくぐるときに、頭を打たないように気をつけるようにくぐっていた。
整えられた顎と頬の髭が印象的な彼は、店員に案内された席に彼女をエスコートする。ちょうどわたしの掛けている席の隣で、うわあと思ってしまう。左腕に派手な刺青が入っているのだ。カラフルなそれは、彼にはよく似合うが向かいに座る彼女には少々不釣り合いだ。
「何にしようか」
「どれもおいしそうね……ミートパイにしようかしら、こっちのほうれん草のキッシュもおいしそうだわ」
「じゃあ、私がほうれん草のキッシュにしよう。二人で分ければ、どっちも食べられるよ」
「そうね。そうしましょうか」
「飲み物はコーヒーでいいかい? ああ、でもキッシュだけだと私が足りないな……サンドイッチもおいしそうだね。エッグサンドも頼んじゃうか」
「写真を見ると、そこそこ大きそうよ? サンドイッチ」
「ふふ、食べ切れる自信があるよ。お腹空いているんだ、とてもね」
にっこり笑った男性に、女性は本当によく食べるわね、と笑っている。お冷を持ってきた店員に注文を告げている。その間に、こちらの空になりかけたグラスに店員が水を足してくれる。
ミートパイにフォークを刺して、あぐ、と食べる。最後の一切れのミートパイは、玉ねぎとにんじんの甘さと、合い挽き肉のジューシーさが残っていた。切ってしまっていたから、少し肉汁は出てしまっていたが、それでも、十分においしくて、さすが人気店と唸ってしまう。
さくさくのパイ生地としっかりした味付けを水で押し流す。口の中をさっぱりさせながら、わたしはちらと隣を見る。やはり気になって仕方がない。派手な刺青の男は女性にくびったけのようだし、女性もそんな彼を受け入れているのが。
普通のカップルなのだろうが、背の高さと刺青がひたすらに目立っている二人は、周囲からの視線など慣れていると言わんばかりだ。居心地の悪さとか感じないのだろうか。
「このあと、どうしようか。せっかくこんなに日差しが穏やかな日に外に出たんだもの。少しお出かけしたいなあ」
「そうね。そのまま帰るのはすこしもったいないわね……ああ、そうだ。新刊の小説本が欲しいんだったわ」
「ん。じゃあ、このあとの行き先は決まったね。なんの本が欲しいんだい?」
「映画の原作本なのだけど……」
彼女が口にした本の名前に、わたしは聞き覚えがある。職場でも人気の本だったからだ。映画の方はあいにく見ていないが、小説の丁寧な描写が反映されていたらいいな。
そんなことを考えていると、隣の席に注文した料理が届く。キッシュとパイを切り分けて、半分ずつ交換しているのを見ると、仲のいいカップルなのだな、と微笑ましさすら覚えてしまう。刺青の派手さと異質感が凄まじいが。
「ん。キッシュおいしいね。ミートパイもいい味付けだ」
「本当、お肉の味と中の野菜のバランスもいいわね。にんじんが甘くて好きだわ」
「アヤセ、ミートパイ好きだっけ? そんなに褒めているのを聞いちゃうと、作ろうかなって思うけど?」
「人並みに好きって程度よ。作ってくれるなら、喜んで食べるわよ」
「それじゃあ、今度作ろうかな。冷凍のパイシート、帰りに買ってこう。もうないはずだからね」
「あら、本屋による以外の予定もできたわね」
「本当だ。君と出かける予定が一つでも増えるだなんて、とても素敵だね」
くすくす笑いながら、二人は互いに注文したものに口をつける。男性が持つと、逆写真詐欺(量が写真よりも大きいのだ)として話題のエッグサンドも小さく見える。縮尺のバグだなあ、と思っていると、男性はこれもおいしいよ、と女性の口元にエッグサンドを運ぶ。
一口もらうわね、とエッグサンドをかじった彼女は、このお店はどれもおいしくて気に入ったわ、とまなじりを下げて微笑む。それにつられるように、男性もまた来ようよ、と彼女に提案していた。