「えーと……これをかき混ぜて……素早くか」
菜箸でヴィンチェンツォは手早く薄力粉とドライイースト、塩とグラニュー糖を混ぜた粉をかき混ぜる。数回お湯を入れるたびに、大きく、素早く混ぜていく。くるくるとかき混ぜていると、だいたいなんとなくまとまってくる。そのあたりを見計らって、ヴィンチェンツォはごま油をひと匙加えてぐるりと生地に馴染ませる。
手を洗い直して、箸についた生地とボウルに残った粉を油ごと馴染ませるように大きな手のひらで混ぜていく。折り畳んでは伸ばして、もう一度畳んでは伸ばしていく。繰り返し伸ばして畳んでいるうちに、生地は滑らかになっていく。
「ええと、台に乗せてさらにこねるのか。なるほどね」
台に伸ばして畳んで、手のひらと手首の付け根で押して伸ばす。パン作りと変わらないなあ、と楽しみながら伸ばしていく。しばらくもすればきめ細やかな生地になる。丸く形を整えて、それをボウルに置く。濡れた布巾をかける。
「二倍の大きさになるまで発酵させる……と。ああ、アヤセ、おかえり」
「ただいま、ヴィンス。なにを作ってるのかしら?」
「なんだと思う? ヒントはコンビニでよく見るものだよ」
「なにかしら……パン?」
「惜しいなあ。肉まん作ろうと思ってね」
生地作ってるときは、パン作りを連想させて面白かったよ。
ポストにハガキを出しに行っていた絢瀬は、暖房の効いた部屋に戻ってくるや否や、その暖かさにほう、と息を吐く。キッチンでヴィンチェンツォがボウルに布巾をかけているところに戻ってきた彼女は、肉まん手作りできるのね、と驚いたように目を丸くしている。
「たしかに冷凍食品か、コンビニでしか買わないものね。手作りできるとは思わないよね」
「そうね。でも、たしかに食べ物なんだから、材料があれば作れるわよね」
「そうそう。生地のためにドライイースト買ったし、今度はパンも作ろうかな」
「あら、いいわね。炊飯器でも作れるって聞いたわよ」
「へえ! そういや、そんな話も聞いたことあるなあ……今度作ってみようよ」
「いいわね。その前に、うちの炊飯器で作れるか調べないといけないわね」
そんな話をしながら、ヴィンチェンツォは冷蔵庫から中の具材にする食材を取り出す。豚の細切れとネギを細かく刻み、胡椒を振りかける。ボウルの中に入れたそれらをかき混ぜながら、それ取ってくれるかい、とヴィンチェンツォが絢瀬に頼む。お酒は大さじ一だよ、と彼が指示を出せば、絢瀬はおっかなびっくりな手つきで計量する。
「入れるわよ」
「お願い。次はオイスターソース。これは大さじ二分の一だよ」
「……このくらいかしら……?」
「まあ、多少多くても味が濃くなるくらいだよ。大丈夫さ」
「本当に? ええと、次はなにかしら」
「醤油とごま油。両方とも大さじ一だよ。……って、そんなに真剣な手つきでやらなくてもいいと思うよ?」
「計量は大切じゃない。味を決めるのよ?」
「そうだけどさあ。多少多くても少なくても、そこまで変な味にはならないさ」
絢瀬が慎重に計量した調味料を入れるたびに、ヴィンチェンツォは丁寧に具材をかき混ぜる。具材全体に調味料が行き渡ると、ヴィンチェンツォはせいろにオーブン用の紙を敷く。
「そろそろ発酵が……終わってないなあ」
「そうなの? だいぶ膨らんできてるように見えるけど」
「もう少し膨らんだら、生地に具材を入れるんだ。もう少し寝かせようか」
「そうなのね」
「……そうだ。アヤセも一緒にやろうよ」
「ええ? わたし、あなたみたいに器用じゃないわよ? 変な形になりそうだわ」
「食べるのは私だから平気さ。君が作ったものが食べたいんだ」
だめかな。
そう首を傾げて絢瀬に尋ねるヴィンチェンツォ。見下ろしながら、困ったように眉根を下げて首を傾げて尋ねれば、だいたい絢瀬はしかたないと頷いてくれる。そのことを彼は経験則で知っていた。苦手意識があるのに作らせることに罪悪感を覚えないわけではないが、好きな人の手料理を食べたいと思うのは事実なのだ。味付けの指示をしたのは自分で、そもそも、ほとんどの準備をしたのが自分であるということをおいても、だ。
案の定、絢瀬は困ったように微笑みながら、仕方ないわね、と頷いてくれる。
「ふふ、やった。君の手料理だ」
「ほとんどあなたが作ったのに。わたし、包むくらいしかしてないわよ?」
「君が手を汚して包んでくれるんだよ? それに、調味料を入れたのだって君じゃないか」
「量を教えてくれなかったら、調味料を入れるのにも躊躇ったわよ……ああ、もう。何を言ってもわたしの手料理にされそうだわ」
「あ、気がついちゃった」
「あなたねえ……」
「いいじゃないか。君ばっかり好きな人の手料理食べるだなんて、ちょっとずるいんだもの」
少しくらい、意趣返ししたっていいじゃないか。
唇を尖らせている彼に、それもそうか、と絢瀬は納得する。それはともかくとして、厚めの唇を尖らせている彼が面白くて、つん、とその唇に指先で触れる。
「わたしの手料理、残したりしないわよね?」
「もちろんさ。おかわりしたくなるなあ」
「まだ食べてもないのに、何を言ってるのかしら、この人ったら」
「ふふ。そのくらい楽しみなのさ!」