title by icca(https://iccaxx.web.fc2.com/)
「……ね、あのお客さん、去年も来てたよね」
「あの人、毎年来てくれるよ」
「え、そうなの?」
「うん。毎年、向かいのチョコレート買って、こっちの方で色々見る人」
「ふえー。外国の人っぽいし、彼女さんにチョコレートとか贈るのかなあ」
「そうなんじゃない?」
去年も来ていた――今年も来てくれる、毎年見る客を見ながら、私たちはそんな会話をする。デパートの催事場でレジ打ちをして、商品を紙袋に入れて、ありがとうございましたー、と声をかけて見送るルーティンなんて、一時間もすれば体にしっかり馴染んでしまう。
朝一番に来たお客さんが捌けてから、商品を補充しながら、店先を見ていたときに彼を見つけたのだ。毎年このデパートのバレンタインフェアに来る大きな人。
聞けば他のテナントショップでも話題になっているらしくて、そりゃそうだよなと思う。なにせ人よりも頭二つ抜きん出て大きくて、もこもこのアイボリーホワイトのセーターを着ていても分かるほどの分厚い筋肉なのだ。いつも彼が買いにいく店のスタッフ曰く、声は優しくも低くて威圧感があるらしい。
「でも、うちの店には来ませんよねえ」
「これだけお店が出てれば、ある意味しゃーないっていうか」
「それはそうですよねー。あ、いらっしゃいませ!」
来客の対応をする後輩を見ながら、紙袋の束を新しく開封する。次から次に売れていく商品に、紙袋も飛ぶように無くなっていく。
小粒のチョコレートの詰め合わせだけでなく、焼き菓子の詰め合わせもなかなか売れ行きがいい。案外、チョコレートは種類が多くて好き嫌いが分かれるから、と焼き菓子を選ぶ人も多いのだ。今来たお客さんもそのクチのようでら焼き菓子の詰め合わせを二つ買っていった。
丸い箱を紙袋に詰めて、代金をレジに仕舞う。目の回るような忙しさに、これぞバレンタインだわ、と感慨深くなる。
ありがとうございましたー、と二人で見送る。息をつく暇もなくお客さんはやってくる。見ただけで去っていく人もいれば、一周して戻って来た人が買いに来るパターンもある。数ある店の中からありがたいなあ、と思いながら、まだ残っている商品の在庫を確認する。どの商品もまだ残っているが、よく売れるものは心もとない数しかない。
「やっぱり詰め合わせは人気ですよねえ」
「まあ、ハズレがないよね」
「たしかに。あたしも学校に持っていくんだったら、詰め合わせですもん」
「確かにね……っとと、いらっしゃいませ!」
「いらっしゃいませ!」
残りの数を確認していると、ぬっ、と影が伸びる。びっくりしながら、影の方を見ると、噂の彼だった。背が高くて、声は圧があって、でかい人。分かっていたが、至近距離で見ると顔のよさもあって、圧は半端ない。たぶん、本人はそんなつもり毛頭ないんだろうけれど。
彼はショーウィンドウのチョコレートを、顎に手をやりながら観察している。お眼鏡に叶うものがあるかな、と二人で目線で話していると、これもらえるかな、と日本語で話しかけられる。めちゃくちゃ流暢な日本語に驚きながらも、確かに優しいが低くて威圧感のある声に背筋が伸びる。
「はい! おひとつでよかったですか?」
「うん。ひとつでいいよ。ああ、カードは使えるかな」
「はい、ご利用いただけます」
「じゃあ、このカードで。支払いは一括で」
「かしこまりました」
カードを切りながら、後輩に会計を任せる。暗証番号を押してもらっている間に、私は彼が購入したチョコレートの箱を紙袋にしまう。
カードと控えを後輩が渡すのを見てから、私はチョコレートを収めた紙袋を彼に渡す。それを受け取りながら、グラッツェと言った彼はウィンクをひとつして次の店に向かっていく。
それを見送りながら、私たちはドキドキしたね、と感想を言うしかなかった。
「本当に背が高いんだぁ。あんなに背が高いと、逆に自販機の取り出し口とか低くて大変そう」
「確かに。でも、顔良かったよね。彫りが深いっていうの?」
「確かに確かに! 声もかっこよかったし、あんな人を彼氏に持てたら、最高だろうなあ」
「分かるかも。優しそうだしね」
勝手に人のことをああだこうだ言いながら、彼の買って行った商品を補充する。
今年の新作の日本酒を使ったボンボンだ。お酒の好きな人にピッタリのそれは、そこそこの年代の人が物珍しそうに買っていくものだ。きっと彼も、日本酒を使っていることを珍しがって買ったのかもしれない。
彼女さん、お酒飲める人なんですかねえ。そんなことを二人で話していたけれども、次から次へと訪れるお客さんに、背の高い彼のことは流されてしまうのだった。