「察していると思いますが、ぼくたちは人ではありません。いえ、正しくいうならば──地球人ではない、と言うべきでしょう」
機械的な声色を少し緩めて、美しい楽器のような声で語りかける千種川。怜悧な硬質なガラスのような声色が常の彼が、柔らかな――人らしい声も出せるのかと優は感心する。
きっと記憶を失う前の彼の声はこうなのだろうな、などと思いながら彼女は口の端を持ち上げて返事をする。
「そんな気はしてた」
「そうでしたか。なぜ、そのように思われましたか?」
「普通聞かないことまで聞く時点で、擬態できてないよね」
「なるほど。質問が微に入り細を穿ちすぎていましたか。これは改善点ですが、半年ほど人類を観測していましたので、もう少し人類に寄り添えるようになったかと」
「へえ。それはちょっと気になるけど――多分、あたしの前だと、いつものあんたでいるだろうな」
「ええ。あなたは優秀なので、我々がわざわざ人類と触れ合う形態でなくても問題ないでしょう。――なにか、不満点が?」
「んー。別にいいや」
逆特別待遇は嫌いじゃないかな。そう笑った彼女は、ぱたんとベッドに倒れ込む。そのまま仰向けで千種川を見上げる。
灰色の目は、どことなく銀色に光っているように見える。時折不可思議な目の色になるように見えていたが――おそらく、彼が人類ではないということなのだろう。
……どう見ても、非常に顔も体格も美しい人類の男なのだが。
「それで、人じゃないってあらたまって──なに?」
あっけらかんとした優の態度に、千種川は首を傾げる。地球侵略をしようとしているかもしれない我々にその態度でいいのか、と。
真剣そのものの彼の顔を見ながら、悪いなあと思いながら彼女はからからと笑う。
「地球侵略とか、漫画の読みすぎって言われちゃうよ。まあ、あんたらは本気かもだけど」
「なるほど。スペースファンタジー作品のように、突拍子もないと。現実味がないということですね」
「そんなとこ。いや、まあ――あんたが人間じゃないなら、なんだってんのっていうのはたしかに気になるんだけどさ。え、てか、マジで侵略しにきたとか?」
「そのような野蛮行為を我々は是としません。そもそも、他者の財産を奪うことに労力をかけるなら、その財産が自分と他者における最大の幸福量になる場合を提示して、差し出させた方が互いに損はありません」
「まあそうか。さっきの質問が本当なら、自分たちより下の文明を蹂躙したって、なんも面白くないもんね」
「破滅的な快楽はあるかもしれませんが、既に文明が発生している未開発惑星の場合、その文明は保護しなくてはなりませんから、やはり侵略行為はしませんね」
「ふーん、難しいこと考えてんね」
「第一にすべきは、その惑星の文明ですから」
いたずらに干渉し、急速に文明レベルを上げたために生命体が存在できなくなったり、惑星そのものが崩壊した事例も少なくないので、悪しき前例から学びました。
地球の文明に干渉しないことを宣言した千種川に、なんで地球にわざわざ来たのかと優は尋ねる。文明を成長させるわけではないのなら、そもそも地球を訪れる必要もなかったはずだ、と。
きみが不思議に思うのも当然です。ゆるりと口角をあげて、雅貴は微笑む。まさに人らしい表情をした彼に、人類に触れ合う形態をしたのだと優は即座に理解する。これなら、誰も彼を異質だと認識はしにくい、とも。
「我々は地球でいう政府間連合組織のような組織より派遣されました」
「あー……国連みたいな?」
「そのような理解で構いません」
「外の宇宙にはそういう組織もあるんだねえ。やっぱり、平和を維持するため?」
「平和の維持、文明および種族の保護ならびに繁栄もですが、やはり資源周りの利害関係の調整がありますね」
「まあどこも資源は問題になるよね。再生可能エネルギーとか、そういうのが重要になるわけ?」
「エネルギーに関しては、エルサニズロヘル理論が構築されたので解消されましたが、これ以上の情報を今のきみに開示はできません」
「まあ聞いても頭おかしくなりそうだからいいよ」
なぜ来たのか、でしたね。話が逸れてしまいましたが。
仕切り直した千種川は、我々は未発達惑星が文明および種族が存在する場合は保護をする機関・ウィスヤから来ました、と告げる。
「複数の文明と言語を所持する生命体が存在するが、その文明はどれもひどく未成熟で、また生命体の精神も未成熟である銀河系が存在すると聞き、この文明ならびに生命体の精神の成熟度合いを確認するために訪れました」
「ああ、調査しに来たってこと? 辺境の地にいる生き物の生態調査みたいな」
「簡潔に言えばそうなりますね。やはり、きみは本当に理解が早い。素晴らしい。今までの人類とは違うようだ」
「まーた始まった……それで? 地球はどうなの? 文明レベルとか、精神の成熟度合いとかさ」
言える範囲で教えてよ。
直球に尋ねた彼女に、千種川は開示できる範囲で言うならば、と前置きをする。うん、と興味深そうに優は身を乗り出す。身体の前に置かれた両腕に胸がぶつかる。
「文明レベルは……我々を一としたなら、小数点以下……三十ほどでしょうか」
「それは上のほうなのか、下の方なのか気になるけど……あ、むしろ、地球の文明を地面にしたとして、そっちの文明はビル何階くらいなのさ」
「そうですね。この文明の最高層ビルよりも上でしょうか」
「ウケる。めちゃくちゃ差があるじゃん。あ、じゃあ車が空を飛んだりすんの?」
昔の漫画だと二十二世紀は車も空飛んでるんだよ、そう笑った彼女に千種川は目を瞬かせる。
「そもそも車という存在がありませんね。かつては存在したそうですが……少なくとも、現在ぼくの惑星では博物館に陳列されていますよ」
「えっ、じゃあどうやって移動すんの?」
「移動用ポータルがあります。目的地のポータル番号を入力することで移動が可能になります。詳細な説明や理論は必要ですか?」
「いや、いらない。頭が痛くなりそう。それって、長距離移動も出来るの?」
「どこからが長距離になるかによりますが……東京から大阪まででしたら、一度で移動することは出来ます。ただ、それより先となると高次元ベクトルの座標計算が即座に行えないため、転送地点先の座標で肉体もしくは精神の破損が起こりえます。座標計算は徹底して行わなくては肉体が壁などにめり込む危険性もありますので、可能な限り近い距離で行うことを推奨しています」
「へー……それって、それぞれの家とかにあるの? それとも、駅とか、そういう限られたところ?」
「限られた場所ですね。ポータルステーションと呼ばれる駅などにあります。また、長距離移動の場合、超高速鉄道を利用することが多いですね」
「あ、鉄道はあるんだ」
超高度な文明でも利用されるんだねえ。にやにやしながら、優は伸びをする。まるでヨガにある猫の背伸ばしのポーズのような格好をする。
ぺきぺきと関節をならして、優はベッドから足を下ろす。脱がされたサンダルを履きながら、小腹が空いたと訴える。千種川が部屋に置かれた時計を見れば、時刻は十五時を少し回ったところだった。