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彼女を見た時、脳天に電撃が落ちるような感覚を覚えた。それはあまりにも古典的な一目惚れの表現のそれに、我ながら苦笑したのは後のことだ。なぜなら、当時はあまりにも唐突すぎて、一瞬、いやしばらく理解ができないほどだった。
グラマラスな、と一言で括るにはあまりにも乱暴で、視界の毒になるほどに扇状的だ。胸の肉も、尻の肉も、それを支える脚にもしっかりと筋肉がついているのが分かる。そう、脂肪だけでは、美しいボディラインは描けない。
筋肉の上についた脂肪は、あまりにも女性的な曲線美を描いている。少し歩くだけで、下着で支えられているはずの乳は揺れ、道ゆく老若男女問わず視線を独り占めしている。尻も太腿も、まるで見せつけるようにぴっちりとしたショートパンツだから、もうそれは誘っているようにしか見えない。
胸と尻が大きいだけなら良かったのに、腰は細く括れ、腹筋は薄く縦に割れている。胸に押し上げられたシャツの隙間から、チラリと見えるそれは、あまりにも完成された肉体だと理解させられる。
ここまで完成されているのなら、顔立ちだっていいものである。下がり気味の眉に長くしっかりとしたまつ毛。上も下もばさばさのまつ毛が縁取る目は、異国情緒を感じさせるグレイの瞳だ。アッシュグレイのロングヘアーに、目の覚めるような鮮やかなシアンの青いメッシュが目を惹いてやまない。
歩くたびに揺れる胸と髪が、他人の視線を独り占めするが、彼女はそんなことなど意に介した様子もない。ショートブーツに包まれた足を動かして、まっすぐ歩いている。そして、僕はその後ろを歩いている。
決してストーキングではなく、たまたま、本当にたまたま向かう場所が一緒なのだ。
「マジ? まあいいけど。……いいよ、どうせ暇だし」
「あー、気にしないでいいっての。はいはい。そっち行くわ」
スマートフォンを耳に当てて会話していた彼女は、通話を切ったらしく、スマートフォンを肩から下げている小さなリュックサックに仕舞う。
後ろから見ると、なおのこと魅力的と言うには暴力的な吸引力を秘めた肢体だと思う。揺れる髪は傷んでいるようには見えないし、むっちりとした太腿も、丸い安産型の尻も素晴らしいの一言だ。それ以上の言葉もあるが、なんというのか――何を言っても誉めるには足りず、貶すにしても言葉が足りていない。しっくりくる言葉がないのだ。
ハスキーな低音の声すら魅力的で、天は彼女に二物も三物も与えたのだな、と諦めさえ覚える。
「やばくね? 一人かな」
「声かけてみろって」
「いやいや、無理でしょ。釣り合わねーって」
「声かけられ慣れてそうだよな」
「わかんねーじゃん。試しに声かけてみようぜ」
ナンパ師も大変だな、と思いながら前を行く美女の後ろを歩いていると、彼女が足を止める。ナンパ師のグループが声をかけたのだ。
ショートブーツを履いた彼女のほうが背が高くて、なんとも言えない不釣り合いさを醸し出しているが、彼らとて必死なのだろう。
話している声を盗み聞きするために立ち止まるのもみっともなくて、そそくさと横を通り過ぎようとする。ちょうどその時、彼女が口の端をにい、と上げるのが見えた。
「話が好きならさ――なぜ東南アジアのように暑い国では香辛料を効かせた食事が発展したのか、って尋ねられても答えられるようにしたほうがいいよ」
「え?」
「あたし、話題が豊富な人が好みなの。テレビとかさ、流行だとかさ、キョーミないものの話を振られたりするの、好きじゃないんだよね」
香辛料貿易とかまで話ができると、あたしは退屈しないかな。
そういうと彼女はひらり、と手を振って歩いてしまう。突然のことにナンパグループは呆然としているし、僕もびっくりした。突然香辛料の話になったのかわからないが、きっと彼女はそういう話の方が好きなのだろう。なんというか、我が道がある人だ。
イマドキの流行りの美人でもない顔立ちだからか、不思議と彼女のそういったところに説得力が湧いてくる。力のある、はっきりとしたエキゾチックな考え方を持っているから、ペラペラなナンパの言葉なんて届かないのだろう。
素敵な人だな、と思っていると、曲がり角からひょろりとした男がやってくる。ひょろりと高い背は、彼女よりも頭半分ほど高い。流行りの髪型をしているが、染めたことなんてなさそうな濡れ羽色の黒髪の彼は、ぴたりと足を止める。
「あれ、早いじゃん」
「ええ。待たせていると言ったところ、早く解放されたものですから、迎えに来ました」
「ふーん……まあいっか」
あんたに限って、体よくあたしをダシにしたとかありえないしね。
そう言い切った彼女に、彼はどう言うことか話しかけている。面倒くさそうにそれの対応をしている彼女を見ながら、不釣り合いに見えるのに、顔がいいとしっくりくるんだな、と思わず足を止める。
イマドキの薄顔のイケメンと、強い顔立ちのエキゾチック美女はどう見ても不釣り合いだ。それでも、不思議と違和感を覚えないのは、きっと彼女たちが仲がいいからなのだろうな、とうっすらと理解した。せざるをえなかった。