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あたしの妹はそりゃあもう、誰に似たんだか分からないほど美人だ。十人並程度のあたしとは雲泥の差で、よく見ればなんとなくまつ毛の長さが似ているね、と言われるくらいには似ていない。
母もまつ毛は長いが、妹はもっと長い。父も鼻筋は通っている方だが、顔がすこぶるいいかと言われるとそんなことはない。一家の血筋を遡っても、別にめちゃくちゃな美人がいたと言う話は聞かない。
誰に似たんだか分からない妹を、父も母も腫物に触るようになったのはいつからだったか忘れた。学校でいじめられていることが発覚しても、妹になんで言わなかったのか言ったのはあたしだった。妹はそんなこと気にしていなかったし、父も母も妹と距離があったから分からなかったのだ。あたしだけが父と母と妹の間を繋いでいる。
「ただいま」
「おかえり。今日の夕飯、ハンバーグだって」
「ふうん。そうなんだ」
「そういやさあ……ってこら、どこいくの!」
「テスト勉強があるのよ」
ごはんの時にくるわ。
そういうとキッチンでタンブラーにお茶を入れて部屋に戻っていく妹。あたしが妹に食らいつくようにして張り出させた年間予定表を確認すれば、確かにテスト期間が迫っている。
なんでこんなことをしているかと言えば、単に家庭って、家族って話をするものだと思っているからだ。うちの家は、とにかく妹と話をしない。父も母も妹と話はしない。あたしくらいだ、この家で妹に話かけるのは。
むっ、としながらもあたしは家族で座るためにあるソファーに腰を下ろす。
別に冷え切った家庭環境が嫌というわけではない。父も母もあたしには普通に話しかけてくれる。そう、あたしには。まるでいないものとして扱う、そんなことがなんだか許せなくて――結局はあたしのエゴだ。
妹はどこからどう見ても美人だ。姉の贔屓目なんていらないくらい。極々たまに二人で出かけると、妹の方が姉に見られるくらいには大人びた顔立ちだ。
顔だってそんなに似てないし、頭の出来も、運動ができるかどうかとか、そういうところでも妹の方が上だ。そのくせ、妹は何事にもやる気を出すことがない。
生まれ持った才能は活かす。それが才能のある人間のなすべきことだと思っている。だから、なにごとも気怠げに、面倒くさそうに手をつける妹が許せないから――だから普通の、あたしの手が届く人間なんだと思いたくて、必死に話しかけているのかもしれない。
「ただいま」
「あ、おかーさんおかえりー。さっき優が帰ってきてたよ」
「そう……ああ、今日ハンバーグ作るんだったわね」
「煮込み? それとも普通のハンバーグ?」
「可奈はどっちがいい?」
「じゃあ、煮込んでるやつ!」
「じゃあ、煮込みハンバーグにしましょうね」
パートから帰ってきた母親に、煮込みハンバーグをリクエストしながら、妹の名前を出した時にあからさまに泳いだ目を思い出す。いつだって妹のことを腫物のように扱うのだ、この人たちは。
小学校に上がったくらいのときは、たしかまだ普通だった。テストでよく満点を取ってきて、べたべたに褒めちぎってもちょっと恥ずかしそうにしながら受け入れている、少し大人びた妹だった。
――テストの点数も、通知表の成績もほとんどが五段階評価で五を取るほどいいのに、担任から『もう少しみんなと仲良くしましょう』と書かれていたのは、昔からだったが。
顔立ちが大人びてきた小学校中学年あたりから、妹は何をするにも気怠そうで、日に日に伸びる背丈に大人びていく容姿に両親は子どものあたしたちに聞こえないところで罵倒し合っていたのも――もう十年近く前のことだ。その時から、妹を中心に家の中にヒビが入っていたのだろう。
「可奈の妹って、ケイコクの美女みたいだよね」
そんなことを言ったのは、中学の時の友人だったか。思ってることのど真ん中を突かれて、激昂したことまで思い出して――母親に呼ばれる。
ハンバーグのタネを捏ねるように頼まれて、返事をしながら手を洗う。
いつだって妹のことを考えていると、昔のことまで思い出してじくじくと癒えない傷口が痛むようだ。友人たちが自分たちの妹と仲がいいエピソードを――彼女たちはそんなつもりは毛頭ないのだろうけれど、聞かされたから妹について考えすぎてしまった。
むにむにと合い挽き肉を捏ねながら、妹のことを頭から追い出す。あたしよりも背が高く、あたしよりもずっと人目を引く肢体で、あたしよりもずっと美人で――触れば狂いそうになるほど綺麗な妹の名前は優と言った。