「天気もいいし、お出かけ日和だよねえ」
「ん」
「洗濯物もよく乾きそうだしね。あ、このノート可愛い」
「買うのか」
「いや、まだノートはたくさん買ったのがあるから……大学時代に……」
「そうか」
使い切ってから新しいのを買うよ。そう苦笑いしながら、巣鴨は手にしたノートを什器に戻す。ちら、と晶は巣鴨が手にしていたノートを見る。夜の海のような色合いに、きらきたらとしたゴールドが散らされているその表紙は、たしかに欲しくはなるのかもしれない、と思う。元より物欲に乏しい晶にはよくわからない分からないが。
天気がいいから、と洗濯物を干して外に出てきた二人は、買いものデートという名のスーパーに来ていた。二階建てのスーパーマーケットは、二階部分は雑貨や衣料品、文房具などが並んでいて、時々見たくなるよね、とは巣鴨の言葉だ。安売りのノート売り場を離れて、ゲームソフト売り場に向かう。流行の新作ゲームが並ぶそれらを見て、あ、と巣鴨は声を上げる。
「これ、妋崎さんがおすすめしてたゲームだ」
「……買うのか?」
「うーん……まだ積み上げてるゲームがあるからなあ。メタルドッグスもやらないとだし」
「リングフィットもな」
「うっ……や、やります……サボってたせいで最近、お腹周りがちょっと……」
もっぱら、巣鴨とは別で作った晶のセーブデータばかりがプレイ時間を加算している状態であるのを暗に指摘され、そっと目をそらす巣鴨。別に強制するようなことではないと思いながら、晶はやや贅肉がつきはじめているらしい彼の腹回りに視線を向ける。猫背気味の姿勢からくる下腹の出方が少しばかり気になるぐらいだ。そのぐらいならば姿勢を矯正さえすれば、腹筋が鍛えられて内臓を支えることができるようになれば治る程度のものだ。
むしろ、痩せぎすなところがある巣鴨にはもっと食べさせる必要があるとすら、晶は認識している。とはいえ、本人が気にするようならば、運動をもっと取り入れるべきだろうとは思っているが。太らせるにしても、健康的な太り方をさせなくては意味が無いのだ。
「晶ちゃんのご飯がおいしいから、つい食べ過ぎちゃうんだよな」
「私のせいか」
「そうだよぉ。あんなにおいしいご飯を毎日出してくるんだもん。食べ過ぎちゃうよ」
「それならば、運動するか」
「……リングフィットがあるので、大丈夫です!」
「そうか」
「ちょっとしょんぼりしないでよぉ……!」
なにを期待していたんだい、とズレてもいない眼鏡を直しながら巣鴨は呟く。表情を動かしているわけでもないのに、少しだけ――少しだけそういうことを期待していたということを当てられ、晶はわずかに目を見開く。前を向いてしまった彼はついぞ気がつかなかったが、晶は顎に手をやりながら、なるほど、と思う。
――こういう鋭さが”かっこいい”ところかもしれないな。
そんなことを彼女が思っているなど、つゆ知らない巣鴨はゲーム売り場をあとにしながら、おやつとお昼と夕飯の材料買わないとね、とうきうきでエスカレーターに向かっている。
「今日は何がいい」
「なんでもいいよ……と、それはだめだった。なんでもいい、が一番困るって母ちゃんも言ってたからなあ」
「そうだな」
「うーん……むずかしいなあ……朝がリゾットだったから……パンとか?」
「パンか」
「サンドイッチとかどうだろ?」
「なら、サンドイッチにしよう。具材は?」
「どうせならいろんな具材にしようよ! ツナとか、トマトとか、ハムとか、たくさん用意しようよ」
「……パーティーだな」
「へへ。いいんじゃない? サンドイッチパーティーだ」
わくわくした顔の巣鴨の頭をなでて、晶はカートにカゴを載せる。巣鴨はサンドイッチの具材をスマートフォンで調べ始める。大手食料品のメーカーサイトを開いた彼は、鮭とブロッコリーの卵サンドだって、と晶に画面を見せてくる。その画面をまじまじと見ながら、晶はついでに画面をスクロールする。ハムとチーズに海苔を合わせたサンドイッチをはじめとした和風のものまで取り入れられている。
たくさんあるな、と呟きながら、晶はロールパンと十二枚切りの食パンをカゴに放り込む。迷っちゃうねえ、と巣鴨も頷きながらスマートフォンを操作している。ブラウザーバックをしては別のウェブサイトを見る。牛肉や照り焼きチキンを使ったサンドイッチを見ては、手間と時間が惜しみなく使われている、と感動すらしている彼を引っ張りながら、晶は冷蔵庫に卵はいくつ残っていたかを思い出す。今朝のトマトソースリゾットで使ったときに、ちょうどなくなってよかった、と思ったことを思い出した彼女は、新聞の広告に入っていたスーパーのチラシの内容を思い出す。今日は卵の特売日だったはずだ、と。
お一人様二パック限りと書かれていたような気がするが、そこまで真剣に見ていなかったこともあって、ちょっとよく思い出せない。とりあえず、卵は安売りをしているはずである。
野菜売り場でブロッコリーを手に取った晶を見て、巣鴨は鮭とブロッコリーの卵サンド作るの、とちょっと引きつった顔で見上げてくる。十センチほど下にある顔をみながら、晶はそうだが、と首をかしげて返事をする。
「ああ、雄大はブロッコリーが苦手だったな」
「あの房のぷちぷちしたのがどうにもね……」
「まあ、ムリに食べさせる気はないが」
「いや……でも、鮭とブロッコリーの卵サンド気になるので……なんとなく、ブロッコリーの房のぷちぷちしたあれ、卵で覆われてくれそうだから、いける気がする……!」
「言質はとったぞ」
「ふふん。男に二言はないよ!」
高らかに笑いながら宣言した巣鴨に、もう一度頭を撫でる。甘んじて受け入れてくれる彼をかわいい、と思いながら、晶はブロッコリーを一袋カートに放り込むのだった。