「……そんなことがあったんですよ」
「ふーん」
「あ、これ話聞いてない返事だ」
「職場の休憩時間以外で惚気に付き合わない、って決めてるんで」
「そこはちょっとくらい付き合って欲しいんですけど!」
「付き合える友達を見つけた方が早いのでは?」
「社会人なりたてなんで、友達を作れるような地域サークルに入る時間を作れないんすよね」
「二十六でしょ。なりたてって年ですかねえ」
「妋崎さんより六つ下ですよ! なりたてですよ!」
新卒四年目なんて、社会人なりたてと変わらないですって。そんなメッセージアプリのやり取りがつらつらとスマートフォンの画面を流れていく。途中途中で挟まれるデフォルメされた犬のスタンプが、よりいっそう賑やかにしている。長い前髪をヘアバンドであげた妋崎は、来月に迫ったコスプレイベントに向けて衣装を作りながら返信をする。
ミシンで衣装を縫いながら、そういや別のキャラクターの水着版も衣装を作らなくてはと脳内でメモをとる。人気のスマートフォン向けソーシャルゲームのキャラクター衣装を作りながら、彼は作りかけの衣装の写真を撮影する。SNSにその写真を放流すると、コスプレイヤー・せーさんのフォロワーたちが群がるようにイイネとハートマークをつけていく。ついでに巣鴨のメッセージチャットにも放流してやると、彼はすぐにキャラクター名を添えて返信してくる。
「いいっすね! 最高に似合いそう!」
「またムダ毛を剃らねばならない……やはり脱毛するべきですかねえ」
「クリームつかってもろて……!」
「足はカラータイツで誤魔化していく戦法をとりたいんですけど、暑いから……やはり脱毛クリームか……」
「レイヤーさんも大変だ……!」
「コスプレは一日にしてならず、って昔から言いますしねえ」
「言いませんよね!?」
適当な返事と相づちをしながら、妋崎は先週の彼との飲み会であって「恋人にかっこいいと思われるために、まず恋人のかっこいい規準を知ろう」作戦をマジで実行したのか、と少しばかり驚いていた。自分ならば、直接尋ねるのも、それとなく探るのもキャラではないから、とやらないところなのだが、巣鴨雄大という青年は違ったらしい。それはそうである。妋崎俊と巣鴨雄大は全くの別人なのだから。
結果として、なにやらより一層仲を深めました、と要約できるメッセージに、妋崎は自分の身の回りには惚気ばかりが転がっている、とため息の中に愚痴を混ぜる。同僚の絢瀬しかり、彼女の恋人つながりでできた友人しかり、困ったものである。
ため息と愚痴をガソリンに、妋崎は衣装製作の続きにとりかかる。布を縫う作業が終わったところで、細かな装飾をとりつけにかかる。布よりも鎧を作るほうがよほど時間がかかる、と文句を言いながらも、推しキャラだからしかたないっすね、とスマートフォンの画像フォルダーからキャラクター画像を引っ張ってくる。白い布に黄金色の鎧を纏った女性キャラクターは、すっとした怜悧な表情をしている。
「あー、やはり推しはいいぞ……って、またライン来てるし……どうせ惚気でしょ……あとで見よ……」
既読無視どころか未読無視をしながら、妋崎はトルソーに画用紙をあてがう。画用紙をガムテープで固定しながら、鎧の形を作り出したところで、別室にいた妻が乱入してくるまで、あと五分もなかった。
「次の妋崎さんのコスプレ、たのしみだなあ」
「そうか」
「晶ちゃんも似合いそうだよねえ。ほら、このキャラクターとか」
「そうか?」
「そうだよお。ああ、でも、かっこいい晶ちゃんは見たいけど、俺に衣装が作れるかだよなあ」
既存の衣装だと、そもそも入るかわからないしなあ。コスプレ衣装を取り扱うネットショップを見ながら唇をとがらせている巣鴨に、そもそもそのゲームをプレイしていない晶は興味がなさそうに彼のスマートフォンの画面を見る。
人をダメにするソファーに腰を下ろしている晶の足の間を陣取り、彼女を背もたれに座っている巣鴨。ちょうどいい高さにある巣鴨の頭に顎先を乗せてみると、重たい、と文句を言いながらも晶に体重をさらに預けてくる。自分を背もたれにする男はこれがはじめてだな、と晶はぼんやりと思う。今まで付き合ってきた女はそこそこそういうことをしてきたが。
……閑話休題。
「今日の晩ご飯どうする?」
「なにが食べたい」
「うーん……昼は俺の食べたいものを作ってくれたから、晩ご飯は晶ちゃんが食べたいものにしようよ」
「そうか」
「……あ、困っちゃう?」
「いや、別に困らないが。そうなると、冷蔵庫の残り物になるぞ」
「いいよ、別に」
「……ブロッコリーが残っていたから、スモークサーモンとブロッコリーのサラダと……牛乳を使いきりたいから、グラタンだな」
「おいしそう……おいしそうだね……!」
心底、ブロッコリーはいらない、と書かれている表情を浮かべる巣鴨に、晶は薄く苦笑いする。ドレッシングは残り少ないから全部使って構わない、と伝えてやると、絶望の表情を浮かべていた巣鴨は一転して、にこにこと全身で嬉しいと言わんばかりの表情を浮かべる。この家に唯一あるゴマドレッシングは、彼が好きなドレッシングだからだ。
乾物を補完している箱の中を思い描きながら、マカロニは多分残っていたような気がする、と晶は頭をかきながら夕飯のグラタンについて口にする。
「マカロニグラタンのつもりだが、なかったらドリアになる」
「ドリアもいいな。晶ちゃん、ホワイトソースから作ってくれるから、すごいよね。俺だと焦がしちゃいそう……っていうか、その前にダマになりそう」
「……私もときどきダマになるぞ」
「そうなの!?」
大げさに驚く巣鴨は、頭をぐい、と上に向ける。急に動いた顎置き場に、思わず晶は巣鴨の頭から顎を外す。こちらを向いているその顔に、裏ごしして騙して使った、と告げて、三日前のクリームコロッケ、と答えを言えば、うそぉ、と返事が返ってくる。
「気がつかなかったよ。料理って、失敗してもなんとかなるんだね」
「なんとかなる」
「なんだろ。なんとかなるって思ったら、俺でもなんとか作れるような気がしてきた!」
「……作ってみるか?」
「作る!」
じゃあ、今日の夕飯から。
晶の提案に、巣鴨は一も二もなく飛びつくのだった。