title by 蝋梅(https://roubai.amebaownd.com/)
「君が着飾ることをしないで、飼ってるペットを着飾らせるのかい」
「こっちの方が再生数高いから……あと、そろそろ動画を上げないとペナルティがくる……」
「ペナルティねえ……元々動画投稿は趣味人の行動のはずが、こうして職業化して、あまつさえ定期的に動画を上げなくてはペナルティが課せられるなんてねえ。エンターテイナーの仕事を辞めて、やはり私の星に来ないかい?」
君に何かを課したりしないし、好きなことを好きなようにさせてあげられる。動画だって撮影したい時にすれば良い。
サロセイルの毒のように甘い言葉を、何度聞いても魅力的すぎる誘いだ、とトアは思う。
外宇宙から訪れた旅行者であるサロセイルから見れば、地球の職業形態は不思議なのだろう。全ての──保護されるべき年齢にいる子どもたち以外は、適職として与えられた仕事に就き、一定以上の成果を上げなくてはならない。それはエンターテイナーの適職を与えられたトアも同じだ。
真の意味で趣味として作成された動画たちよりも、ずっと多くの再生数を稼ぎ、多くのコメントを掻き集めなくてはいけない。投稿する動画で炎上しないように、ソーシャルネットワークサービスでの発言にも気を遣わなくてはならない。さらには動画の投稿頻度ですら決められている。そこから逸脱すればペナルティが待っている。
ペナルティも、軽度のものから重度のものまで様々だ。一定期間エンターテイメントやソーシャルメディアに触れることができなかったりするものから、職を失ったり、公的サービスの対象から外されるものまである。
それらをひっくるめて、サロセイルはこの地球という枠組みが不思議である。たかだか二千年前に自分たちとは別の宇宙人と邂逅した女がいただけで、これほどまでに生活が変わるものなのかと。長命な種族であるがゆえに、変化の少ない惑星からすれば不思議なことこの上なかった。
毎度のこと、と思いながら、トアは左右に頭を振って否定する。そんな彼女につれないなあ、と笑いながらサロセイルはハンディカメラを握る。
「さ、撮影しようか」
「ん。カメラ、もう回してる……?」
「今回したよ」
「……こんにちは。夏だから、レノを夏服……? にします」
「昔から、ペットに服を着せるのが地球でのブームらしいね」
「サロセイル……! 喋らないの……!」
「ふふ、きっと君のファンは、こうして撮影しているのが私だと気がついているさ」
「ううう……あ、レノ、待って……!」
飼い主の事情など我関せずなレノは、両翼を震わせてなお、とサロセイルの持つカメラに近寄る。ふんふん、と彼の手に頭をぶつけるものだから、長毛種の有翼猫がカメラにアップで映る。
これはこれで可愛い光景、とサロセイルが思っていると、トアの白魚の手がレノを持ち上げる。ぬるんと伸びる身体を持ち上げて、カメラから引き剥がす。
これを着せます、と青いフードを見せる。羽があるため、普通の服は着せられないからだろう。首回りをスナップボタンで留めるタイプのそれに、サロセイルが夏になると青いものを着せるよね、と相槌を打つ。
「青は涼しく見えるから……? だから着せる……んだと思う……」
「色の持つ効果だね。お、こらこら私はちゅーるを持っていないよ」
「よし、今のうちに……」
レノの背後から手を伸ばし、トアは服を着せる。レノの首元でスナップボタンをぱちんと留めると、もう一度カメラから白いテュリウスを引き剥がす。フードをかぶせて、黒い足先を掴んだトアは、着せました、と掴んだ前脚をふりふりと左右に振る。
きょとん、とした顔をしているレノのは、脚先を掴まれているにも関わらず、自分を抱えている飼い主の手を舐めている。
「素敵だね。フードも毛が白いから目立って良いね」
「この服はここのメーカーさんからの試供品……アドレスはこちら……」
「ああ、このメーカーか。テュリウスのような地球外生命体の愛玩動物に限らず、いろんな愛玩動物の服を取り扱っているね」
「わたしもよく、ここのお洋服を着せてる……かわいいのが多くて、好き……」
解放されたレノが、フリフリと尻尾を振りながらカメラの周りを歩いている。動画を締める言葉をトアが告げると、サロセイルはカメラの撮影を停める。
カメラがきちんと録画されているかを確認した彼は、はい、とトアにそれを渡す。受け取りながら、自分でも確認したトアは、受け取ったカメラをローテーブルに置くと、タブレット端末をタップする。スリープ状態の画面を起動させると、カメラモードに切り替える。
夏色のフードを着たテュリウスをカメラに収めている彼女に、再生数を稼ぐのも大変だねえ、とサロセイルは半ば呆れを含んだ声音で労わるのだった。