サロセイル・エカ=メルは旅人を自称しているだけあり、多くの惑星を移動してきた。そのなかには、平和な惑星もあれば、戦乱に満ちた惑星もあった。たような種族で構成されている惑星もあれば、単一種族で構成されている場所もあった。病魔に苦しむ星もあれば、安穏を享受する星もあった。
彼が生きてきた長い時間の中で、多くの知的生命体種族を「恋人」と称してその惑星に居場所を作ってきた。これは、サロセイル・エカ=メルが地球に来る少し前の話である。
「おっと」
まるで小石に躓いたような軽い驚きの声を上げながら、サロセイルは吹き飛んだ自分の頭を拾う。首の付け根から綺麗に吹き飛んだ頭は綺麗な顔をしていた。吹き飛んだが、首の付け根の傷口以外に新しい傷口のない頭を首に乗せる。ぬるい水音を立てて、分離したはずの首がくっついていく。ぬちぬちと音を立ててくっついた首に満足しながら、相変わらずこの惑星は戦乱が長いなあ、と笑う。
サロセイルがこの惑星に来たのは、これがはじめてではない。二回目となる。前回訪れたときも、惑星を二分している国家同士の激しい戦争があったのだが、どうやらあれから長い時間が経過しているのもあってか、今度は小国がいくつも重なって領土争いを繰り広げているようだった。
モザイク画のように日々塗り替えられるそれぞれの国の領土を見ながら、サロセイルはこの惑星は根本的に闘争本能に溢れているのだな、と頷く。それならば、この惑星が嫌になって出奔したという青年が非常に有能な傭兵として活動していることにも納得がいく。
「昨日も今日も毎度首が飛んでしまっているからな……もう少し気をつけた方がいいのかもしれないなあ」
浅紫の髪をかき上げながら、サロセイルは飛んでくる砲弾を弾き飛ばす。そう、弾き飛ばしたのだ。
彼の左耳についている、臙脂色をした房のついたピアスが伸びて、飛んでくる砲弾を撃ち返していた。意のままに動いているような動きをしているそれは、一頻り砲弾を撃ち返すとしゅるしゅると小さくなってピアスに戻る。
うーん、と大きく伸びをしたサロセイル本人は、ピアスの異常な動きを気にした様子もない。それどころか、今にもひっくり返って昼寝をしそうなほどにのんびりとしている。
「そうだ。もう少し行ったところに木陰があったな。あそこで昼寝をしよう」
今日は天気が良いから、きっとのんびりとできるな。
満足げに笑いながら、サロセイルは木陰があるはずの場所に向かって歩きだす。ふんふん、と鼻歌まで歌っている彼は非常に上機嫌だ。ご機嫌に歩いて行く彼は、不意に黒煙が立ち上る平原から一人の男が走ってくるのを目撃する。
日常的な戦闘状態で、精神的に追い詰められているのだろう。男は敵前逃亡をした……そういうところだろう、とサロセイルはあたりをつけて放っておく。逃げたければ逃げれば良い。その結果は自分で尻拭いをすれば良い。それがサロセイル・エカ=メルの考えだった。手助けをするわけでもなく、匿うわけでもない彼はそのまま歩を進めていく。
――脱走兵である男の視界にサロセイルが入るまでは平和そのものだった。
「――!」
錯乱しているのか、雄叫びをあげた男はサロセイルに向かって抱えている小機関銃の引き金を引く。明らかに非武装の人間に対していきすぎた武力行為であったが、弾丸の嵐が生み出す土煙のあとには穴だらけになったサロセイル・エカ=メルが――いなかった。
サロセイル・エカ=メルという青年の形をしていた人間がいなかった、というべきかも知れない。
なぜならばそこにあったのは、浅紫をした鋭い鋼鉄の一対の翼と、柔らかそうな同じ浅紫をした羽毛の一対の翼を持ち、細く長い四つの脚は鎌のように鋭い生きものだった。四つの脚と繋がり、二対の羽根を背に浮かせている胴こそ人の形をしているが、そこには二対の腕があった。一対は人の形をしていたサロセイル・エカ=メルの腕であったが、もう一対の腕は脚同様に鋭い鎌を備えていた。顔はサロセイル・エカ=メルそのものだが、多眼が生まれている。
凶悪で禍々しい雰囲気の手足と翼を持つ男は、遙か高みから小機関銃を放っていた男を見おろしている。
「いやいや、久しぶりにこの姿になったものだ。何年ぶりだろうな?」
ひょい、と腕の鎌で腰を抜かしている男をつまみ上げたサロセイル・エカ=メルは、顔のある高さまで男を持ち上げる。どうしたものかな、とつまみ上げた男を見ながら、彼は思案する。すっかり恐怖で気絶した男からは、アンモニアの匂いすらしており、チンケなものだな、とすぐに投げ捨てる。
男の顔がある場所は、それなりに――手入れのされた街路樹ほどの高さがある。そこから投げ落とされた男は、到底生きている人間が発してはいけない音を発して動かなくなる。
「久しぶりに食物じゃない食事をとっても、まあ、それはそれでいいだろう」
サロセイルは動かなくなった男の心臓がある場所に脚を突き立てる。たったそれだけで動かなくなった男の身体がみるみるうちに萎んでいく。あっという間に百歳の老人だと言われても信じてしまう見た目にした男を見おろして、彼は満足げに腹を撫でる。
「ごちそうさま、というのだったかな。こういうときは」
味はいまひとつだったな、とすっかり男から興味を失ったらしいサロセイルは、コンパクトな人の形を取り直すと木陰のある森に向かって歩を進めるのだった。