ひょい、と軽いノリで飛んだサロセイル・エカ=メルの足が次の足場に到着する前に、黒い線がその足を掴もうとする。変幻自在に歪む黒がゆったりとした紺色のワイドパンツを掴む前に、サロセイルは服ごと足を切り離してしまう。流石にそれは思い至らなかったのか、黒い線の親元の人物は目を見開いたようであるが、そんなことなど知ったことじゃない彼は足場を蹴り飛ばして宙を飛ぶと、服と足をまるでビデオテープを逆再生するように復活させる。
誰もいない街中を縦断する黒を見ながら、サロセイルはこの街は面白くないことがなさそうだと口角を上に歪める。
◇◆◇
サロセイル・エカ=メルがその街に不時着したのは、大した理由は無かった。たまたま、というか、偶然だった。強いて言えば、面白そうな雰囲気がしたから、というのが近いだろう。そこからは、上空に飛び上がり、人の気配がしない場所に向かって落着するだけだった。
まさに不時着、というのがふさわしい着地をした彼は、そのまま立ち上がるとパンツについた土煙を払う。ワイドパンツの裾を直して、立ち上がれば、そこは不自然に人の居ない区画だった。もう少し先まで気配察知すれば、人の気配を感じ取ることができるあたり、まるっきり人が住んでいないのはこのあたりだけのようだった。まるきり無人なものだから、先ほどまで感じていた面白そうな出来事、は気のせいだったのか、とげんなりするところだったサロセイルは、人の気配がする方へと足を進めようとした。ちょうどそのときだった。
左側から飛んでくる気配に、流れるように右側に飛ぶ。人の多いところに入ってしまえば誤魔化しが効くのではないか、と思いながらコンクリート製のビルの屋上を飛び跳ねるように歩いていると、分厚いコンクリート製のビルを穿つ一撃がどんどんと迫ってくる。その音に、たまらず口角を上げてしまうサロセイルは、金属製の羽根を一対背中に浮かび上がらせると、屋上の床を叩きつけるように足で強く蹴る。中空に浮いた彼を追いかけるように、ビルの屋上を穿っていた黒は、跳ね上がるようにサロセイルの足を掴む。先ほどのように足を切り離してしまっても面白いと思いつつ、彼はその黒を引き寄せるように掴む。
ひょい、と何でも無いように引き寄せると、黒い線の親元の人物が遠くに見える。あれが親元か、と理解したサロセイルは中空を蹴る。そこに足場があるように蹴り飛んだ彼は、自分に迫り来る黒を金属製の翼で迎え撃つ。甲高い音を立てながらいくつかの線を弾き飛ばして接近するが、今一歩のところで黒い線が翼を何本もの線で絡め取る。勢いをそがれたサロセイルは、ぷらん、と宙ぶらりんになりながら、黒い線を生み出していた青年に、やあ、と何でも無いように声を掛ける。
「素敵な才能(ちから)だね。嫉妬しちゃうな」
「貴方は誰だ? どこから来た?」
「ふふ、人の話を聞かないね。そういうの、嫌いじゃないよ」
「質問に答えて貰おう。どこから来た?」
「ふふ、どこからだろうね」
笑いながら青年の質問に答えないサロセイルに、彼はじれったさを覚えたのか、首に黒いヒモをまきつけるようにして問いただす。その様子に、癇癪を抑えられないこどもかい、と笑いながら、サロセイルは首に巻かれたヒモごと、首を付け根から切り離す。
「なっ」
「話をしよう。よかったら、落ち着いて話が出来るところだといいな。きっとこれは、君にとっても有意義ではないかな」
「……私にとって有意義?」
「君が知りたい話を、私が知っている限り話すとしよう」
例えば、こうやって首が切り離せたり、足を切り離せることとかね。
そういって、サロセイルは切り離した首をひょい、と青年に投げる。驚きながらも受け取ろうとした青年の手の中に落ちる前に、サロセイル・エカ=メルの頭部だったそれは泥のように崩れ落ちる。それと同時に、彼の首の付け根から再び首が生えて、頭部が生み出される。青年の目の前で行われる一連の流れに、流石についていけなかったのか、ぽかんとしている。
「どうだい。タネも仕掛けもないってやつさ」
「……貴方はいったい?」
「私はサロセイル・エカ=メル。君の隣人になりに来た人さ」
君の名前を教えてもらっても?
そうサロセイルは新しく生えてきた顔に、完璧な笑顔を浮かべるのだった。