ヴィンチェンツォは冷凍庫の整理をしている時、冬の入りにクール便で届いた餅がまだ残っていることに気がついた。
その餅は、名古屋にある絢瀬の実家から届いた餅だ。届いた時の絢瀬が言った、買うからよかったのに、と言う言葉を思い出す。その言葉とは裏腹に、彼女の顔は喜びを浮かべていたことも。
「もう残り少ないし、食べちゃおうかな」
オーソドックスに焼いて醤油をかけて、海苔で巻いたそれがヴィンチェンツォは好きだった。軽く茹でてきな粉と砂糖で食べるのも好きだが。
冷凍庫の整理がひと段落ついたあたりで、ヴィンチェンツォは三つ残っていた餅をシンクに並べて、油を薄くフライパンに敷く。
餅をフライパンに放り込み、片面に焼き色がつくまで火を通す。ぱちぱちとはぜる油の音を聞いていると、トイレットペーパーなどの在庫の確認をしていた絢瀬がリビングにやってくる。
「ヴィンス、やっぱりあとでトイレットペーパーは買ったほうが良さそうだわ……って、まだお餅残っていたの」
「うん。これで最後だから、今日のランチはお餅でもいいかい?」
「それは構わないけど……あら、焼き餅なのね。お皿、用意しておくわ」
「海苔も出してよ。あれで包むから」
「……あなた、お持ちの時は海苔が好きよね。佃煮は嫌いなのに」
「あんな液体は食べる気にならないね!」
焼き目がついたのを確認して、もう片面を焼きながら、ヴィンチェンツォはからからと笑いながら言う。呆れながら、絢瀬は冷蔵庫から焼き海苔の缶を取り出す。焼き海苔は一枚が大きいので二枚でいい。
皿に焼き海苔を乗せて持っていけば、両面焼けた餅を乗せられる。
醤油を持ってダイニングテーブルに向かい合う。いただきますと食前の挨拶をして、二人は餅を海苔で包む。少しだけ醤油を垂らして、一口噛む。柔らかな餅が伸びて、千切れる。
もちもちのそれをしっかり咀嚼しながら、今年の餅は終わりかな、と絢瀬が考える。
もう一口齧ろうとして、目の前に座っている男を見ると、どうやら思いがけず餅が伸びに伸びてしまったらしい。噛みちぎるのに苦労している。
「あら、ずいぶん伸ばしてるのね」
「! ひがっ、」
「頑張って噛みちぎってからしゃべって? お行儀が悪いわよ」
「む……」
くすくす笑いながら、絢瀬は餅をもう一口齧る。やはり伸びのいいそれは、適当なところでぷっつりと切れる。
醤油の味とぱりぱりの海苔とのハーモニーを楽しんでいると、やっと噛みちぎることができたらしいヴィンチェンツォがお茶を飲んでいる。
「酷い目にあったよ。こんなに伸びるだなんて」
「お疲れ様。本当、とても伸びていたわね」
「アヤセのはそんなに伸びていなかったのに、なんで私のだけあんなに伸びたんだろう」
「さあ? 不思議ね」
最後の一口を口に放り込む。醤油が染みて少し柔らかくなった海苔が、ぺったりと口内に張り付く感覚がある。
舌先で張り付いた海苔をつつきながら、絢瀬はお茶のおかわりを入れる。
とぽとぽと注ぎながら、そっとヴィンチェンツォの方を見る。きっと、また苦戦しているのだろうなと思っていると、案の定だった。
伸びる餅に苦戦している彼に、思わず絢瀬はくすくすと笑ってしまう。笑いを噛み殺しながらお茶を啜っていると、向かいの彼がジト目で絢瀬を見ているものだから、思わず大きな声で笑ってしまった。