「チリちゃん見て! オモダカさんで伝説の昇天ペガサスMIX盛りできたわ! やばくね?」
「なんや自分、随分おもろいことしとるなあ! トップの髪、めちゃくちゃテッペンどついとるやん!」
「やべーわ。てかオモダカさん、髪にコシがありすぎてめちゃくちゃ安定してんだけど。普段何のシャンプーとかコンディショナー使ってんの?」
「市販のものですよ。ところで、これは流行りの髪型ですか?」
「市販のものとは思えないコシの強さに、思わずグラスフィールドが生えちゃうわ。この髪型、ちょっと前に流行ったんだって! やべー!」
オモダカの夜空を固めとったような黒髪を、天を衝くようにドリル状に持ち上げ、色とりどりな髪飾りで飾り立てたハルトは、自分がしたことなのにげらげらと笑い転げている。なあこれネットにあげてええか、と体を震わせて笑い転げているチリに構いませんよ、とオモダカはいつもの笑顔で頷く。
あまりにも変わらない彼女の応対に、うひゃひゃと大声で笑い転げるハルトとチリである。あまりにも笑い転げている二人の相棒であるドオーとラウドボーンは、もうどうしようもないね、と言わんばかりにペパーお手製のポケモン用のケーキを貪っている。
ここはポケモンリーグパルデア支部にあるチャンピオンと四天王たちの休憩室である。新年になったのだから、とチリが新年会をしたいと言えば、ポピーがパーティーたのしそうですの、と頷く。かわいい幼い子どもの期待を裏切れない大人であるハッサクとアオキも(後者は渋々といった様子だったが)ついてくる。忙しいトップチャンピオンであるオモダカにもダメ元でチリが声をかければ、二つ返事で来てくれることになる。
それならば、同じチャンピオンのネモと、チャンピオンランクになったばかりのハルトに声をかければ、後者は友人も誘っていいなら、という条件付きで色良い返事が来る。ネモは親族の集まりがあるらしく集まれなかった。タイミングが悪かったのだ。
大量の酒と二リットルのジンジャーエール(色味が酒に似ているから、とハルトと誘われたペパーが二本持ち込んだ)が転がっている。
可愛らしい見た目をしたチューハイの缶を見ては、飲める年齢になったらこれ飲みたい、とハルトがいえば、チリが期間限定やで、とすげなくつらい現実をつきつける。それに対して、大人はクソと大声でハルトが叫ぶことが、チリにとっては何よりも面白いことだったようで、酒の入っていた彼女は手を叩いて笑っていた。
コップに注いでいたゆずサワーのチューハイをジュースと勘違いしたハルトが飲んでからは、ただでさえゲラの彼の笑いの閾値が下がって手がつけられない。酒を飲んだ彼にあっ、という顔をしたのは、コタツを挟んで向かいに座ってお節をつついていたアオキだけだった。
未成年者の飲酒は法律に引っかかる。チャンピオンランクの人間に誤飲をさせたのは、どうみても一部を除いて成人している四天王たちの責任だ。揉み消すためにも今日は帰さない方針で行くべきだな、とアオキは自分の右隣のコップに口をつける。
彼の右側には、たしかチリの出身地であるジョウト地方の銘酒を用意していた。と、そう思っていたのに、喉を通ったのは甘さだけでアルコールの味がしない。おかしい、と手元を見れば、そこにはジンジャーエール。すっかり気が抜けているのか、炭酸が弾ける気配もしない。
まさか、と右隣をアオキがばっ、と見るのと同時に、自分とは違う暖かい体温が触れる。右隣に座っていたペパーがもたれてきたのだ。その手に握られているグラスは透明な液体が満ちている。どう見てもそれはジョウト地方の銘酒で、恐れていたことがまた一つ起きていた。これもまた揉み消さなくては、とアオキは頬を赤くしてうつらうつらしているペパーに声をかける。度数が高い酒を飲んだのだ。だいぶふわふわとしているのも仕方ないだろう。
「ご自宅にご家族は……」
「おれ? おれねえ、とうちゃんも、かあちゃんもいないから……」
「そうでしたか。それは知らずに大変申し訳ありません。でしたら、今日はリーグに泊まっていきますか?」
「ん……とまる……あおきさんも、とまってく……?」
「んん……はい」
「へへ、よかったあ……」
んふふ、とふにゃふにゃ笑うペパーは楽しそうにアオキの腕にもたれたまま、ずっとこのままでいいのに、とこぼす。あまりにも小さな声でこぼされたそれは、ペパーの左隣に座るアオキと、右隣に座るハッサクにしか聞こえないほどだった。事実、向かいに座るチリとポピー、オモダカと、ハルトはその呟きに気がつくことなく、チリの髪をいじり倒している。
「チリちゃんの髪、ストレートさらさらすぎてつまんねぇー! 盛れねえ!」
「チリちゃんの日々の手入れが凄いっちゅーこっちゃな」
「きええー! サラサラストレート! 顔面アルセウスだけじゃなくて、髪質まで600族かよ!」
「自分、ほんまおもろいやっちゃな?」
「ポピー、ハルトおにーちゃんがなにいってるか、よくわかんないですー」
「わからへんでええねんでー」
「たしかにチリの髪はいつもさらさらですね。何を使っているのですか?」
「ん? 使うとるのは、サロン仕様のシャンプーとコンディショナーやで! 昨日はヘアマスクしてきたから、余計にサラサラやで」
「世界羨みすぎでグラスフィールドですわこれ」
げらげらと笑い転げてはまた一つジュースだか酒だかを煽るハルト。明日に響いても知らん、と彼の心配をやめたアオキは、ふにゃふにゃと半分寝ているペパーを横にさせる。むにゃ、と半分眠りかけているペパーにこたつ布団だけでは寒かろうと、せめてもの情けでジャケットをかけようとハンガーラックに向かうために立ちあがろうとしたアオキのシャツが、くんっ、と引っ張られる。
引っ張られた方を見れば、ペパーの手が力無くシャツを掴んでいた。引き止めるようなそれに、立ち上がれなかったアオキは中途半端な姿勢からこたつに引き返す。
「引き止められましたですね」
「ええ」
「このままでいいのに、ですか」
「……」
「アオキ?」
「いえ、なんでも」
「嘘おっしゃい。まあ、今日はペパーくんが眠っているので、説教は勘弁しましょう」
こんなに穏やかに寝ている子を起こすのは、流石に気が引けますですよ。
そう言いながら、ハッサクはペパーの前髪を梳かす。ふわふわとメリープの綿毛のようなそれをかき上げてやれば、顔立ちの良さがはっきりとする。常々ハルトが羨ましいと叫ぶばっさばさのまつ毛は、目元に影を作っていて、それがまた年不相応な色気を感じさせる。
ハッサクに背を向けるように寝返りを打ったペパーに、振られてしまったようですね、とハッサクは微笑む。自分の方を見たペパーに、アオキはその頭を撫でるように一つ触れると、半分以上ペパーに呑まれた酒に口をつけた。