ピンクブラウンの髪をしっかりセットしていた巣鴨は、崩れちゃうかな、と言いながらフルフェイスヘルメットをかぶる。かぶらないなら連れて行かないが、と話す晶は、すでにヘルメットを着用しており、モスグリーンの長袖のジャケットに袖を通していた。女性だてらに男性的な見た目の彼女が、フライトジャケットを着用すると、俺よりかっこいいな、と巣鴨は惚れ惚れしてしまう。巣鴨が同じような格好をすれば、確実に服に着られている、と十人いれば八人は思うだろう。
「かぶるかぶる!」
「そうか。メガネは痛くないか」
「平気!」
「そうか。ならいい」
フルフェイスのヘルメットをかぶった巣鴨は、すでに座席にまたがっている晶の後ろに座る。いわゆるバイクの二人乗りだ。怪我をすると危ないから、とスカイブルーの長袖のジャケットを羽織った巣鴨は、晶の腹のあたりに腕を回してぎゅ、としがみつく。すっかりバイクの二人乗りにも慣れたもので、ハンドルを握る彼女の重心移動に合わせるのも苦ではなくなってきた。まだ、少々おぼつかないところがない訳では無いが。
エンジンが唸りを上げる。とん、とバイクを滑り出させた晶は、後ろにピッタリとくっつく熱を感じながらバイクの速度を上げていく。車の隙間を縫うように滑るバイクが向かうのは都心部だ。普段ならば電車で向かうような場所だが、たまには二人乗りがしたいと駄々をこねた巣鴨に流されるがままに晶がバイクを出した次第だ。
「あとでガソリン代出すよ」
「大した距離じゃないから構わないが」
「そう?」
「ああ」
「それならいいけどさあ。だってほら、俺のわがままじゃん? バイク出してってさ」
「そうだな」
「そうなんだけど、そう反応されるとなんともかんとも!」
赤信号をいいことに話していた二人だが、信号が青になると晶はバイクを滑り出させる。それをきっかけに巣鴨は口をつぐむ。下手に喋って舌を噛んだのは、わりとそれなりに最近のことだ。
バイク用の駐輪場を見つけて駐車すると、ここの駐車場代だけ持ってくれたらそれでいいぞ、と晶は提案する。それぐらいお安い御用だよ、と巣鴨はうきうきとヘルメットを晶に渡す。二人分のヘルメットをそれぞれヘルメットロックにくくりつけた彼女は、ロックを確認して鍵をキーケースごと巣鴨に渡す。小さめのショルダーバッグにキーケースをしまった巣鴨は、イベントだから夕飯奮発しようよ、と提案する。
「イベント? なにかあったか」
「晶ちゃん、今日は七夕だよ? しかも花の金曜日! これはちょっと奮発してもいいと思うな!」
「ああ……そうだったか」
「すっかり忘れてたでしょ」
「忘れていたな。出勤日ぐらいの認識だった」
「そんなことだろうと思った!」
だから、道理でやたらでかけたがったのか、と晶は合点がいく。巣鴨雄大という男は、こういった行事ごとに乗っかることが大好きな男である。晶は全くと行っていいほど興味がないために、彼がそうまでしてイベントに飛び乗る理由が皆目わからないが、彼が楽しそうにしているのなら……と流されるがままに付き合っている。それでも、彼女にとって嫌な気分にはならないのだから、破れ鍋に綴じ蓋なのかもしれないが。
……閑話休題。
職場の笹に願い事書いてきたよ、とにこにこしながら話してくる巣鴨に、晶はそういえば休憩室におもちゃみたいな笹があったような、なかったような、でも短冊っぽいなにかがあったから、おそらくあれは笹なのだろうと結論づけて、職場にもあったな、と返事をした。そんな彼女に、季節感は大事だよ、と巣鴨は苦笑する。
「やっぱり、季節のものを食べて、季節の行事に乗っかって、季節を大事にするっていうのがね、日本人なんだと思うんですよ」
「そうか」
「そうだよぉ。というわけで、俺は季節のデザートをサイゼリヤで食べたいと思うんだけど、どう?」
「随分と手軽な季節のものだな」
「お手軽が何よりだよ。この季節なら冷たいパンプキンスープもあるし、夏だよ」
「アロスティーニが食べたい」
「晶ちゃん、それ、好きだよね、羊の肉だっけ?」
「ああ。好きだな」
羊の肉はうまいからな。そう話す彼女に、お肉の違いなんてよくわからないなあ、と唸る巣鴨。起用にも、唸りながらスマートフォンで近隣のサイゼリヤの店舗を探している。こっちにあるっぽい、と話す彼は、マップアプリのナビゲーション音声を大きめにして晶の腕を引く。晶と巣鴨は同じ歩調で歩きながら店に向かう。道中、二人のやりとりを聞いた誰かが、晶ちゃん、という呼びかけに一瞬振り返って、彼女を見て、男性的な筋肉質な体にぎょっとしてから、女性なんだ、と驚いたようにSNSで呟いていたりしたのだが――まあ、それは晶と巣鴨には関係のないことだった。