世間的には――暦通りであれば三連休が控えている金曜日。休みの前の日から泊まろうとする客は多いもので、僕は研修中のバッチを下げながら、お客様の荷物をクロークに並べていた。どれもこれもスーツケースは大きくて、何泊かするんだろうなあと思わせる。
あちこちの部署の研修を終えて、ようやっとフロントに立つことになった――とはいえ、再来週まではあくまでフロント研修ということで先輩がついていてくれるのだが、それでも憧れた仕事に就いた僕には毎日が喜ばしいことだった。同じくらい大変なこともあるし、もちろん研修中であってもなかなかのクレームをつけられることもあったが。
問題の解決の仕方だけ覚えて、あとは忘れろとは昨日の夜勤のチーフの言葉だ。その言葉を支えに、僕は朝から夕方までフロントカウンター内で先輩に教えを請いていた。
チェックインが一波おさまったところで、ふうと息を吐くと先輩に小突かれる。まだまだこれからだよ、という彼女の言葉にひええ、と情けない声が出る。
「三連休の前日だからね。ちなみに、明日はもっと多いよ。満室だからね」
「ひえっ。うち、そこらのビジネスホテルより部屋数ありますよね……?」
「あるねえ。埋まったねえ!」
「ぎえー……やば……これがホテル業界か……」
変な声を出しながら、僕はお客様に書いていただいた署名カードをパソコンで入力する。読みにくい文字を先輩と解読して、ようやく入力を終えると、自動ドアが開く。
いらっしゃいませ、と元気よく挨拶をしながら、こちらへどうぞ、と誘導する。一番正面玄関に近いカウンターにいるので、必然的にお客様が流れてくる。数をこなして慣れさせようという先輩方の気持ちが伝わってくる。とても怖い。
入ってきたのは、自動ドアに頭を打ちそうなくらい背の高い男性と、そこまでではないが背の高い女性だった。筋骨隆々で顎髭もあるワイルドな男性は、黒髪の女性をエスコートしている様子は絵になる。
こちらへどうぞ、という誘導に従って僕のカウンターにきた彼らはびっくりするほど背が高かった。元々、僕はそれほど背が高くないのもあるが、男性の方は見上げるほどに背が高い。女性もヒールを履いているのもあるのだろうが、僕よりも背が高い。
「アヤセ、君の名前で予約したんだっけ?」
「ええ。調月(つかつき)です」
「はい、調月様ですね。少々お待ちください」
検索システムにツカツキと打ち込む。すぐに名前が表示されて、泊まる予定の部屋も表示される。
少し古いビジネスホテルだから、昭和の香りがしそうな懐かしいキーボックスから鍵と予約票を取ってくる。
「本日から、ええと、二泊ですね。禁煙ツインルーム、ご朝食付きです。こちら、署名カードでございます。恐れ入りますが、こちらにお名前、ご住所、お電話番号をご記入お願いします」
「電話は携帯でいいのかしら」
「はい、大丈夫です」
そういうと女性はペンを取り、すらすらと文字を書き始める。男性が彼女の肩を叩いて、荷物預かってもらってるから引き取ろうよ、と言う。
それを受けて僕が口を開くより先に、先輩が口を開く。お荷物お持ちいたします、と離れていった先輩をちら、と見て予約票を確認する。申し込んだインターネット予約サイトで決済が既に済まされていた。
記入してもらった署名カードを受け取る。読みやすい文字だった。
「ありがとうございます。えっと、オンラインで既に精算を済まされていますので、こちらでのご精算はございません。少々お待ちください、チェックインの手続きをしております」
「あ、もう精算したんだっけ」
「やだ、あなたがしてくれたんじゃない。忘れちゃったの?」
「そうだったね。君との旅行が楽しみすぎて、つい忘れていたよ」
仲良しだなあ、と思いながら署名カードにチェックイン日とチェックアウト日を記入する。連泊のお客様だから、日付を間違えないように気をつけながら、清掃の案内と館内の簡単なインフォメーションを用意する。
お待たせしました、と会話に割って入ると、二人はこちらを向く。男性は少ししゃがむように前屈みになって館内案内を見ている。前屈みになって少したわんだ太めのサスペンダーが、余計に彼の体の厚みを感じさせる。
館内の案内と、連泊中の清掃案内をする。うんうん、と聞いている二人はいわゆる美女と野獣で、お似合いだなあなんて思っていた。
「ご朝食会場は二階レストランでございます。お部屋ですが、差し込み式主電源でございます。こちらの……」
差し込み式主電源の使い方を説明し終え、二人は荷物と鍵、館内案内を手に宿泊者用エレベーターに向かう。その際、こちらにひらひら、と手を振ってくれたので、こちらも思わず頭を下げる。
いい人でしたねえ、と思わず声が出る。主に男性の方が背の高いカップルだったが、圧を感じるということもなかった。先輩もうんうんと頷いてくれる。
「そうだねえ。いい人だったねえ……くっ、シンプルな格好が似合うのはいいなあ」
「ですねえ。自分に合う服装を知ってるっていうか」
そんなやりとりをしていると、再び自動ドアが開く。いらっしゃいませ、と元気な声を張り上げる。入ってきたのは中年の、おしゃべりが大好きそうなおばちゃん三人組だった。