「そういえば、もう七夕だね」
「そうね。今年も雨だって聞いたけど……」
「そっかあ。それは残念だね」
天の川が氾濫しちゃうねえ。あまり残念そうではない声で言うヴィンチェンツォに、雨が降っているから人目につかずに会えているかもしれないわね、と返す絢瀬。
そういう考え方も素敵だね、とヴィンチェンツォはゆであがった中華麺を皿に分ける。絢瀬のほうがやや少なめに取り分けているのは、気のせいではないだろう。元々そこまで食べないのもあるが、暑さでさらに食欲が失せていることに気がついているのもある。
お皿取ってくれるかい。ヴィンチェンツォが頼む前に、絢瀬はガラス製の皿を用意していた。
「これでしょう?」
「素晴らしいね。頼む前に用意してくれるだなんて、さすがだよ」
「冷やし中華みたいだったもの。そういえば、今年はじめてかしら?」
「そうだね。今年最初の冷やし中華だ」
夏になってきたからねえ、と笑った彼は近所の中華料理屋でのぼりが立っていたんだよと教えてくれる。
あれを見ると、夏だなあって思っちゃうんだ。そう告げる彼に、ある意味夏の風物詩よね、と絢瀬も頷く。冷蔵庫からマヨネーズを取り出している彼女に、そういえばさあ、とヴィンチェンツォは具材を乗せながら言う。ハムに卵焼きにキュウリ、オーソドックスな冷やし中華だ。
「冷やし中華ってマヨネーズ必要だよね、って言ったら驚かれちゃったんだよ」
「え? いるじゃない、マヨネーズ」
「アヤセの家だとかけてたから、どこも掛けているものだと思ってたんだけど、会社の人たちだと掛けないって人多いんだよね。びっくりしちゃった」
「そうなの。ああ、でも聞いたことあるわ。マヨネーズかけるのは東海のほうだけだって」
「そうなのかい?」
ダイニングテーブルに器に盛った冷やし中華を運び、二人は箸で麺と具材をつまみ上げる。ずるずると麺をすする。醤油のタレを吸った麺に絡んだマヨネーズを見ながら、絢瀬は先日のランチを思い出す。職場近くの店で、修子と食べた冷やし中華にはマヨネーズはついていなかった。あれはゴマダレだったからついてこなかったのかと思ったが、そうではなかったのかもしれない。
「らしいわよ。でも、言われてみたら、こっちのほうだと冷やし中華にマヨネーズはついてこないわね」
「そうなのかい? 私はお店で食べたことがないから知らないんだけど」
「この間、修子さんと食べたところではなかったわね。でも、ゴマダレだったからついてこなかったのかも」
「ああ、ゴマだともうちょっとクリーミーだもんね」
「そうね。だからかもしれないわ」
実家の近くだと、みんなマヨネーズつけて食べていたもの。
そんな話をしていると、つけっぱなしにしていたテレビから、今日は七夕です、という声が聞こえる。そちらを見ると、どこかの地方の七夕祭りが特集されている。大きな笹にたくさんの飾りと短冊がぶらさげられており、商店街そのものも華やかに飾り付けられている。
それを見ていると、ヴィンチェンツォがジムの近くの商店街も笹飾りがあったなあと呟く。
「そうなの?」
「うん。でも、子どもたちがたくさんいたから、お願い事するのもな、って」
「まあ、子ども達を押しのけてまでねえ……」
「でしょう? それに、私はアヤセがいてくれたらそれでいいからなあ」
「本当、あなたって欲がないわね」
「そうかな? 私ほど欲深い人間もそうそういないと思うけれど?」
君を離してあげられないんだから。そう笑った彼に、絢瀬は肩をすくめる。まるで、最初から離れるつもりもないと言うように。
明日雨が降っていなかったら、一緒に天の川を見ようよ。そう提案したヴィンチェンツォに、都会でみられるかしら、と絢瀬は言う。空になった器を食洗機に入れながら、彼は見られなくても問題ないよ、と言うものだから、絢瀬はデートの口実が欲しいだけでしょう、と言い当てる。
「ばれたかい? でも、たまには良いと思うんだよね。夜に出かけるのも」
「明日も仕事よ? 夜更かしもほどほどにしてくれるなら、付き合ってもいいけど?」
「もちろんさ。私も仕事があるからね」
行く場所は公園で良いかな、と言った彼に、あなたとならどこでもいいわよ、と絢瀬は返すのだった。