「あ、アヤセ。私、今から買い物に行くけど、どうする? 一緒に行くかい?」
「どこに行くの?」
「パニフィーチョにね。明日のコラツィオーネのパン買ってこようかなって」
職場の近くに、おいしいパニフィーチョができたって教えてもらったんだよ。
ニコニコ笑いながら、いそいそと用意をするヴィンチェンツォに、ならついて行こうかしら、と絢瀬はソファーから腰を上げる。
「甘いパンばかりはダメよ?」
「甘くないパンをコラツィオーネで食べたい?」
「たまには食べたいわね」
「むむ……まあ、善処するよ」
「あら、買わないつもりね?」
「ダメかい?」
「仕方ないわね。いいわよ」
呆れながらも絢瀬は肯定する。サンダルに履き替えて、玄関ドアを施錠する。数年前に買い替えたサンダルは、ヴィンチェンツォが似合うよ、と勧めたデザインのものだ。
シンプルなアングルストラップだ。ヒールのある白いストラップのサンダルは、夏にぴったりのデザインだ。
黒のコンフォートサンダルを履きながら、ヴィンチェンツォはこれも買い替え時かな、と呟く。
「そうね。そのサンダル、随分と使い込んでるものね」
「なかなかサイズが合うものがないから、どうしても買いに行くのがね」
「靴は尚更そうよね。ネットショップだと試し履きが出来ないものね」
「そこなんだよねぇ……」
今度ショップ一緒に行こうよ。
そんなことを話しながら、二人は車に乗り込む。運転席のヴィンチェンツォが車を動かす。それほど混雑していない道を走りながら、ヴィンチェンツォはそのパニフィーチョは種類がたくさんあるんだって、と話す。
「そんなにたくさんあるの?」
「菓子パンも惣菜パンも、ハードなものも用意してあるらしいよ。楽しみだね」
「どんなパンがあるのかしらね」
「オススメはクロワッサンだって。あとは、なんだっけな。クルミのパンだって言ってたかな」
「あら、どれも素敵ね」
「スコーンでサンドイッチにしたのがオススメだって言われたなあ。どれも楽しみだね」
「あら、そんなものもあるの? すごく種類が多いパン屋なのね」
話してるだけでお腹が空いてきちゃうわね。
絢瀬がそう言うと、ヴィンチェンツォはそれならプランゾもそこで買うかい、と尋ねる。それもいいわね、と彼女が頷くと、それならたくさんの種類を買ってみようか、とヴィンチェンツォは提案する。
会社近くのコインパーキングに車を停めると、車を降りる。夏の盛りの太陽の日差しで、肌がジリジリと焼ける。
「アヤセ、サングラスは?」
「持ってきてるわよ」
「さすがだね」
お揃いのサングラスをかけた二人は、店のある方に歩いていく。絢瀬が持ってきた日傘を、背の高いヴィンチェンツォが差す。彼女の方に影が多くできるようにしているのは、彼の癖だろう。
「暑いわね」
「本当にね。日傘のおかげで、少し楽だけど」
「あなたも日傘買ったら? 暑いでしょう?」
「うーん、私も自分用に持とうかなあ……」
「楽よ? 日陰があるだけで、体が本当に楽よ」
「だろうねぇ。涼しいってだけで体力が全然違うもんね」
そんな話をしながら、可愛らしいベーカリーに到着する。これから混みだす時間なのだろう、店内の什器にはパンがたくさん用意されている。
からんからん、とカウベルが鳴る。店内に入ると、いらっしゃいませ、と出迎えられる。
「すごいたくさんあるね。どれを買うか、悩んじゃうね」
「本当ね。どれもおいしそうだわ」
トレイを抱えた絢瀬を伴って、ヴィンチェンツォはカチカチとトングを鳴らしながら一つ目のパンを取る。人気のクロワッサンを一つトレイに置いてから、こっちは君の、ともう一つクロワッサンを乗せた。