いらっしゃいませ。出迎えた客は見上げるほどに背が高い男の人と、ヒールがよく似合う女性だった。引き継ぎ事項にあった、浴衣の一番大きいサイズを入れたという部屋はこのひとたちだろうな、というのがよく分かった。なにせ、古いビジネスホテルの小さな自動ドアに頭が擦りかけているのだから。
こちらにどうぞ、と案内する。フロントカウンターに来た女性は、ツカツキです、と名乗ってくれる。どういう漢字なのだろうと思いながら、パソコンを操作する。カタカナで検索をかけると、すぐに到着予定に表示される。名前と合わせて確認すると肯定される。
「こちらの署名カードに上から三点、お名前、ご住所、ご連絡先のご記入をお願いします」
「ええ。ああ、荷物を預けていて……ヴィンス?」
「ああ、タグだね。待ってて……はい」
男性が肉厚な手でジーンズのポケットを探していたかと思うと、すぐに小さな――元々大きくはないが、ひときわ大きな男性の手のひらに乗せられると、余計に小さく見えるタグを渡される。
それを受け取ると、隣にいた先輩が受け取ってくれる。代わりに荷物を取りに行った彼を見送りながら、署名カードに記入を終えた彼女がはい、とカードを手渡してくれる。伸びやかで、読みやすい文字に内心感動を覚える。
何度も確認した予約票を再度確認する。金額のミスはないか、名前は合っているか、宿泊代は事前にオンライン決済で支払いしているものか……確認に確認を重ねて、今回は事前支払いではなかったから、電卓に金額を打ち込む。オンライン予約サイトで発行されている割引クーポンの額面を差し引いた額を提示すれば、はい、と女性がクレジットカードを出そうとして、後ろにいた男性が先にカードを出してくる。
「ちょっと、」
「格好つけさせてくれないかな?」
「まったく……仕方ないわね」
「ふふ、ありがとう。ああ、カードはサインで」
「かしこまりました。お支払いは……」
日本円で、と告げた彼に従い、日本円で決済する。店舗控えにサインを、と渡すとさらさらとサインをしてくれる。うわ、長い。名前長い。
「あら、いつものカードじゃないの?」
「うん。家に置いてきたみたいなんだよ」
「あれほど昨日確認して、って言ったのに」
「本当にね。でも、どこに置いたのかは覚えているんだ。昨日、アマゾンでカードを使ったから、その時に机の上に置いた記憶がね」
「ああ……それならよかったわ。盗まれたりしたわけじゃないのね?」
「そういうわけじゃないよ」
笑っている彼と、心底心配したと言わんばかりの表情をする彼女の落差に、仲がいいんだなあと微笑ましくなる。
領収書はいらない、という二人に、カードの控えを渡す。吐き出される領収書をよそに、私は館内の案内と、部屋番号の控えをフロントカウンターに乗せる。
「お待たせいたしました。こちら、お部屋番号の控えでございます。こちらは館内のご案内です。お部屋にございませんので、お持ちください」
「チェックアウトは……十時か。どうしよう、アヤセ。延長するかい?」
「そうね。どうせならのんびりしたいものね。一時間、延長できるかしら」
「そうなりますと……十一時のチェックアウトで、こちらの金額となります」
電卓を叩いて差し出した金額を二人は確認すると、今度は女性の方が財布を取り出す。あ、そのブランド、私も持ってるし、お揃いだ。
現金でぴったり支払われたのを入金手続きをする。二泊連泊されるから、引き継ぎメモを作らなくてはと考えながら、とりあえず自分だけが分かるメモを作っておく。
連泊の清掃案内を渡して部屋の階数を案内する。朝食会場も案内して、全ての案内が終わりだ。二人は荷物を引いてやってきたエレベーターに乗っていく。男性がさりげなく大きい荷物を引いていたことよりも、女性の腰にしれっと手を回していたことのほうがよほど記憶に残る。
二人を見送り、先輩と思わず声を出す。
「背、高かったですね……」
「ですね……堀田さんより大きいですよね、多分、あの男の人」
「ですよねえ。堀田さん、何センチでしたっけ」
「百九十って言ってたっけな。女性も背が高かったなあ。橋本さん、ヒール入れてどのくらいでしたっけ」
「私ヒール込み込み百六十ですよ」
「十センチは向こうが上だったのかな……」
「モデルさんみたいですねえ……」
そんなことを話しながら、私たちは客の途切れた時間を過ごす。ちょうど一区切りついた時間だったのだが、チェックイン開始時刻でもある。自動ドアの向こうに到着したタクシーが見える。支払中かはうかがえないが、そろそろ客が来るのは間違いなさそうだ。二人して乱れてもいない制服を整えると、自動ドアが開くのを今か今かと待つのだった。