夕飯を食べ終え、洗い終えた皿を食器棚に戻している時に、ふと絢瀬はドラッグストアに立ち寄ったことを思い出す。乾燥からあかぎれを起こしたり、粉をふくのを予防するためにボディクリームとハンドクリーム――ヴィンチェンツォとも共有しているから、減りが早いそれらを買い足しにいくついでに、一回分の入浴剤を買ってきたのだ。入浴剤には二人ともあまり頓着しないものだから、友人からのおすすめや、盆と正月にもらう温泉の素をたまにいれる程度だ。
ボディクリームやハンドクリームにはそれぞれお気に入りのものがあるから、それを繰り返し買うのだが、入浴剤はリピートすることもなく、たまに目についたものを買う程度だ。そんな目についた入浴剤を入れてもいいか、とヴィンチェンツォに尋ねると、どんなものなのかと返ってくる。
「青いパッケージなの。だから、多分入れたら青くなるんじゃないかしら」
「へえ。青ね……この時期には寒々しくないかい?」
「わたしもそう思ったんだけど、青空みたいな色だったのよ」
きっとあなたがわたしでも買っていたと思うわよ。
そう言うと、絢瀬は寝室に向かう。置いてきた鞄から、件の入浴剤を取ってくるのだろう。手持ち無沙汰のヴィンチェンツォは、お風呂のスイッチを入れに行こうかなと考えて、先程入れたことを思い出す。
やることがないなあ、と座椅子に腰掛けて、こたつの天板にぺたんと伸びる。冷えた天板を期待していたが、よく効いた暖房のおかげで天板はちっとも冷たくはない。グラスに半分ほど残っていた麦茶を嚥下して、上体を起こすと同時に絢瀬が部屋に戻ってくる。その手に握られている彼女の手のひら大の小袋は、夏の青空を連想させるスカイブルーの色をしていた。
「素敵なパッケージだね。まるで夏みたいだ」
「でしょう? ……あら、仕事のことを考えさせたかしら?」
「うーん、素敵なデザインにはやっぱりどうしてもね。アヤセとは別の意味で手にしていたかも」
「でも、これ、残り湯を洗濯に使えないそうなのよ」
「おや。まあ、そういうのも多いしね。へえ、お湯がトロトロになるんだって。泡風呂みたいな感じなのかな」
「泡風呂なら前にやったわね。面白そうだと思わない?」
「楽しそうだね。使おうよ、私も早く入りたいなあ」
一人で楽しむより二人で楽しもうよ。
そう言うヴィンチェンツォに、二人で入りたいだけじゃないの、と絢瀬は苦笑する。よく鍛えられて、膨らんだ筋肉を持つ彼と、彼の隣に立つから華奢に見えるが、絢瀬も女性にしては背が高く、モデル体型というほど細くはない。彼女とて標準よりは細いが、二人で入れば、マンションの湯船では満足に足を伸ばせない。
それはヴィンチェンツォも分かっているが、だからといって恋人とのバスタイムはやはり捨てられない。こうしてタイミングを見計らっては誘いをかけるし、絢瀬もまんざらでもないからこそ、その誘いに乗るのである。
だから、今日もなんだかんだと口では言いながらも、その誘いに乗るのだ。
「それに、アヤセお風呂出るの早いんだもの。もっとしっかり長く入ろう?」
「あなたが長風呂なだけじゃないかしら。そんなに早くないと思うわよ?」
「そりゃあ、ハヅキに比べればね。それでも、うちの家族がこっちにきた時に温泉に浸かるときより早いよ」
「それは物珍しいからじゃないかしら……まあ、いいわ。一緒に入るんでしょう?」
「んもう。私が出るまで一緒にいてほしいなあ」
「分かったわよ」
隣に座った絢瀬の薄い腹に腕を回して、ほっそりした首にぐりぐりと頭を擦り付けるヴィンチェンツォ。そのまま、すん、と匂いを嗅ぐものだから、絢瀬はぺちりと腹の前に回された腕を叩く。
汗掻いてるからやめて、という彼女にそんなことないよ、と言いながらヴィンチェンツォは立ち上がると絢瀬を抱き上げる。
「ちょっと、」
「気分がいいんだ。このまま連れて行ってもいいかな?」
「ダメ、って言っても無駄でしょう?」
「ふふ、そうだね。無駄だよ」
「まったくもう。あなたってば、時々強引なんだから」
「強引な私は嫌いかい?」
「嫌いになれないから困ってるのよ」
浴室につながる廊下の扉を開ける。暖房の効いてない廊下は身を切るように寒く冷え切っていて、絢瀬はヴィンチェンツォの首に回した腕に力を入れる。彼もまた、絢瀬を抱きかかえる腕に力を入れた。