「ねえ、これ入れてみない?」
「ん? 何をだい?」
「バニラアイス。コーラフロートにしたくない?」
「君にしては珍しい提案だね。素敵だし、是非やろうか」
近所のスーパーで買った、一.五リットルボトルのコーラを冷蔵庫にしまいながら絢瀬は提案する。アイス専用の冷凍庫の中には、まだヴィンチェンツォが手をつけていない、パイントサイズのバニラアイスが入っていることを知っていての発言だった。
まだまだ寒い日が続くとはいえ、家の中は過ごしやすい温度に調整している。炬燵の中に入れば、コーラフロートを啜ったところで寒くはないだろう。
フロートにするなら口の広いグラスがいいなあ、と言いながらヴィンチェンツォは食器棚を見る。普段使いのグラスの中に、彼の希望を満たすものは見当たらない。仕方なく、いつも使っているグラスを取り出して、氷を少し入れる。とっとっ、とコーラを注ぐ絢瀬。
彼女がコーラを注いでいる間に、ヴィンチェンツォは一リットルのアイスのパッケージを引っ張り出して、カレー用のスプーンで掬う。七分目までコーラが注がれたグラスに、スプーンで掬ったバニラアイスを添える。少し不恰好だが、自宅でなら十分だ。
「おいしそうね。スプーン、用意した方がいいかしら」
「そうだね。アイスをコーラに沈めるにしても、食べるにしてもあった方がいいよね」
「なら、取ってくるわね。デザート用の小さいのでいいかしら? それとも、細長いパフェとかのほうがいい?」
「デザート用の小さいのでいいんじゃないかな」
「分かったわ」
絢瀬がデザートスプーンを取りに行くのを見送りながら、ヴィンチェンツォはグラスを二つ持ち上げる。ひんやりと冷たいグラスに、思わず冷たいと小さく声を上げる。
指先でつまむように持ち上げて、ことんと炬燵の天板に置く。絢瀬がスプーンを二つ持って戻ってくる頃には、ヴィンチェンツォは炬燵のなかでぬくぬくと温まっていた。
「はい、スプーン。……もう、炬燵の中に手を入れるほどなら、半袖のTシャツじゃなくて、長袖のシャツにしたらいいじゃない」
「長袖だと、まとわりつく感じがして好きじゃないんだよね。外に行くときは、そりゃあ寒いからニットを着たりはするけど、家の中なら動きやすい方がいいじゃないか」
「それは分かるけど、寒いなら暖かい格好しなさいよ」
見てるこっちが寒いし、風邪を引かれたら悲しいわよ。
バニラアイスをコーラの海に沈めながら絢瀬がそう言うと、うーん、とヴィンチェンツォはアイスを掬いながらぼやく。彼としても、長袖のシャツを着たくないが、風邪をひきたくもないのだろう。
気に入るような長袖のシャツを今度探しにいきましょうよ、と絢瀬が提案すれば、買い物のついでにデートだね、と喜色満面の笑みを浮かべるヴィンチェンツォ。そんな彼に現金なんだから、と彼女もまた、ふふと笑う。
「そんな私は嫌いかい?」
「嫌いじゃないわよ。ただ呆れてるだけ」
「嫌われてないならいいかな。だって、君とデートがしたいのは本心だもの」
「全くもう。ちゃんと服を探す気はあるのかしら」
「もちろんだとも!」
素材はもちろん、君のお眼鏡に叶う服を見つけるつもりはあるよ。そう鼻息荒くいうものだから、絢瀬はくすくす笑いながら、いい物が見つかるといいわね、とバニラアイスを沈めたコーラに口をつける。
炭酸が飛んだ、白く濁ったそれは、いつもより甘ったるくて絢瀬は思わず顔をしかめる。
「甘いわね」
「だってコーラにバニラアイスだもの。君には甘すぎたかな?」
「そうね。でも、たまにはいいわね。このくらいの量なら飲めるもの」
「お店だと量があるからね。確かに自分の家で作れば、ちょうどいい量にできるからいいよね」
「ええ。……だからって、作りすぎちゃだめよ? またデンティスタに行くことになるわよ」
「うっ。……それは嫌だなあ」
「ほどほどにね。あと、ちゃんと、歯磨きすること」
ずず、と甘ったるいコーラをすすっている絢瀬に、肩をすくめるしかないヴィンチェンツォ。コーラの上に乗せたアイスを食べながら、おいしいものは虫歯との戦いだね、と真剣な声で彼が言うものだから、思わず絢瀬は咽せるのだった。