title by alkalism(http://girl.fem.jp/ism/)
しとしと。雨が降っている。大きな音を立てることなく、しんみりと世界を濡らす水滴は、紺色の車のボディーを濡らしている。
フロントガラスの水滴がワイパーで拭われるのを見ながら、ヴィンチェンツォはせっかくの旅行なのにね、と助手席に巨躯を押し込めながらぼやく。しかたないわよ、と絢瀬はアクセルを緩く踏みながら答える。
「元々雨だって言われていたもの」
「でも、やっぱり出かける時は晴れているほうがいいよね」
「それはそうね。……そろそろサービスエリアだけど、トイレ休憩でもはさむ?」
「そうしようか。次は私が運転しようか?」
「そこまで疲れてないわよ」
「ふふ。実はね、君に格好いいところを見せたいだけなんだ」
「あら、わたしのことを気遣ってくれたのかと思ったのに」
「気遣った上で、私の運転に惚れ直して欲しいんだよ」
「そんなこと言われても、あなたの運転、時々駐車の仕方が大雑把だもの」
それを直してくれないと、惚れ直せないわよ。
ヴィンチェンツォが苦手としている、バックでの駐車についてぴしゃんと言われてしまい、彼は苦笑してしまう。事実として、苦手なものは苦手なのだ。
今後の私の成長に期待してくれるかい、と言えば、いつまでもバックでの駐車が苦手なのもかわいいわよ、と絢瀬はくすくす笑う。
「うーん、かわいいもいいけれど、格好いいって言われたいかな」
「まあ、バックでの駐車は本当に上手になって欲しいところはあるけれど……あなたの運転、加速も減速も綺麗だから好きよ」
「そうかい? それは良かったよ」
「これで駐車も上手になったら、惚れていない場所がまた少なくなるわね」
「おっと。これは努力しなくちゃいけないね」
君に惚れてもらうためなら、私はどれだけでも努力ができること、証明しないと。
ヴィンチェンツォは、大袋に入ったミントのキャンディーの包みを開けながら笑う。そんな彼に、現金な人ね、と絢瀬は笑い返す。
分岐で左の車線に入ると、サービスエリアの駐車場が見えてくる。広い駐車場の大部分は埋まっているように見えるが、偶然にもトイレに近い駐車場から車が出るのが見えたため、二人を乗せた車は右に曲がる。
綺麗に真っ直ぐに駐車した絢瀬に、やっぱり君の方が運転は上手だよね、とヴィンチェンツォは唸る。
「そうかしら? きれいに停めておけば、隣の車とぶつからないでしょう?」
「それはそうなんだけどねえ。なかなか上手くいかないものなんだよね」
「あんなに手先が器用なのに、不思議よね。運転だけなら、あなたよりわたしのほうが得意だもの」
「そうだねえ。そんなアヤセもかっこよくって、私はとても好きだけれどね」
「あら、それは良かったわ。庇護されるだけなんて嫌だもの」
あなたと対等な人間でありたいもの、一つくらいあなたにかっこいいと思われたいわ。
そう返した絢瀬は、傘をさそうとして、雨が止んだことに気がつく。やんだね、とヴィンチェンツォも傘を取ろうとして止めていた。
ありがたいことだわ、と言いながら、絢瀬はカバンを肩に引っ掛けると、お昼にはまだ早いわね、とスマートフォンで時刻を確認する。まだ十時を少し過ぎたばかりで、昼食をとるにはいささか早すぎる時間だ。
ヴィンチェンツォもそう思ったらしく、この先にもサービスエリアはあるだろうし、と絢瀬の肩を抱きながら歩く。道ゆく子どもを連れた親子が、背が高いね、と彼を指差している。
そんなことなど気にもせずに、二人はお手洗いの前で別れる。絢瀬はのそのそとお手洗いに消えるその背中を見送り、自分もパウダールームに入る。まだそこまで切羽詰まっていないのもあり、ペットボトルに口をつけるたびに少しずつ剥げる口紅を塗り直す。
ヴィンチェンツォが一番似合っているよ、と満面の笑みを浮かべる鮮やかなピンク色のそれを軽く塗り直して、ファンデーションのよれがないか確認する。崩れたところがないことを確認して、絢瀬はパウダールームを後にする。
「おや、また綺麗になっているね?」
「あら、本当によく気がつくわね。口紅だけよ? 塗り直したのは」
「ふふ、君のことはなによりもよく見ているつもりだからね。それに、君はいつもパウダールームで化粧を直してから出てくるから、すぐに気がつくさ」
「そんなに毎回化粧直していたかしら……? でも、あなたがそう言うなら、毎回直しているのかもしれないわね」
「ふふ。私がいうからそうだよ、きっとね。そうだ、飲み物でも買っておくかい? まだ君のペットボトルのお茶は残っていたかな? 私のはまだ少し残っているよ」
「あって困るものでもないし、もう一本足しておきましょうか」
「そうだね」
二人は休日で賑わう人波をかき分けて、サービスエリア内にあるコンビニエンスストアに入る。緑色の看板を見ていると、ここが普段住んでいる場所から離れた場所なのだ、ということを忘れそうになる。
ほうじ茶ラテだって、とニコニコしながら手を伸ばしているヴィンチェンツォに、おいしそうね、と絢瀬は隣の抹茶ラテに手を伸ばすのだった。