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「べっこう飴が食べたいなんて、何かあったのかい?」
「別に特にないのだけど、修子さんが桃子ちゃんの遠足のおやつに作ってあげたらしいのよ。話を聞いていたら、食べたくなっただけ」
「なるほどね。べっこう飴なんて、それこそ昔短期留学で来ていた時に食べたきりだよ。そうだ、アヤセ、ノンナは元気にしているかなあ」
「この間、ラインがきたけど、元気そうだったわよ」
砂糖を煮詰めながら、ヴィンチェンツォは元気そうならよかったよ、と笑う。薄く色がついてきたあたりで火を止めると、絢瀬がアルミカップを差し出す。そのアルミカップには、横から爪楊枝が刺さっている。どうやら、固まったらそれを持ち手にするようだ。
持ち手になる予定の爪楊枝にかかるように、砂糖と水を煮詰めた液体を流し込む。とろとろ、と流し込まれたそれは、優しく甘い匂いがする。
粗熱をとって、固まるまで冷蔵庫に入れておこうか。そう言ったヴィンチェンツォに、絢瀬はそうね、と返す。
「べっこう飴なんて、いつぶりかしら。中学生の時くらい……? 多分、奈々美が小学生の時が最後じゃないかしら」
「そんなに前なのかい? たしかに、私は食べたことないけど……でも、レシピを見ると、素朴なお菓子、って感じがしたね」
「ええ、素朴よ。家で手軽に作れるのがいいわね。……そうだ、修子さんがべっこう飴作った時のやらかした話、聞く?」
「ふふ。気になるから、聞こうかな」
「大したことじゃないのよ? ただ、お弁当の紙カップで作ったから、綺麗に剥がれないのができたってだけ。ほとんどは綺麗に剥がせたらしいのだけど、本人も横着するものじゃないわ、って言っていたわね」
「なるほどね。だからわざわざアルミカップを用意してくれたんだね」
「だって、あなたが作ってくれるもの。一つだって無駄にしたくないでしょう? 材料だって、家にあるものとはいえ、無駄にしたくないもの」
「君にそう言ってもらえると、すごく嬉しいよ。さて、冷やしている間に、今日の夕飯はどうしようか相談したいかな」
冷蔵庫にアルミカップをいれたヴィンチェンツォは、ソファーに座る絢瀬の唇をかすめとって、隣に腰をどかりと下ろす。
冷蔵庫にはなにがあるのかしら、と尋ねた絢瀬に、いろいろあるよ、とヴィンチェンツォは顎髭を撫でながら答える。
「塩鯖に、ネギにブロッコリーに……玉ねぎもあるし、キャベツもあるね。ああ、トマトもあるな。玉ねぎとブロッコリーとトマトでサラダにしようか」
「メインは何になるのかしら。塩鯖?」
「どうせなら、マリネにしようか。塩鯖の黒酢のマリネ。ああ、でも、唐揚げにしてもいいな……どちらも前にレシピ本に載っていたんだよ」
「あら、どっちもおいしそうなメニューね。楽しみだわ」
「どっちがいいかな。サラダがあるから、マリネでもいいな……ああ、でも唐揚げもおいしそうだったんだ。ネギをたくさん乗せて、ねぎだくってやつだね」
「どちらも捨てがたいわね。これから甘い物を食べるわけだから、酸味があってもいいんじゃないかしら」
それに、黒酢を使い切りたいって、この間言ってなかったかしら。
絢瀬の言葉に、ヴィンチェンツォはよく覚えていてくれたね、と笑う。マリネにしたらちょうど無くなりそうなんだ、と付け足した彼に、どうせなら昨日マリネにしたらよかったわね、と絢瀬は腕を組む。
「今日が瓶と缶の回収日よ」
「おっと……これは来週まで待たないといけないな。使い切って捨てられる完璧な計画だと思ったのに、思わぬ伏兵だったなあ」
「残念だったわね? それで、夕飯はマリネにするのかしら」
「悔しいなあ。でも、もう口の中がマリネの気分だから、今日の夕飯は塩鯖のマリネだよ」
「ふふ。わたしに手伝えることはあるかしら」
「もちろんだとも! 塩鯖の骨をとってくれるかい? 不器用だって言う割には、いつも綺麗に取るじゃないか」
「時間がかかるけどね。綺麗に取ってあげるわ、骨」
「ありがとう。でも、作るのはもう少し後でもいいかな」
そろそろ飴が固まった頃合いじゃないかな。ヴィンチェンツォが冷蔵庫に入れた飴のことを指摘すれば、常温放置でも固まるらしいわ、と絢瀬は少し恥ずかしそうにヴィンチェンツォに耳打ちする。
冷やしすぎたかもね、と笑った彼に、冷やしすぎて剥がしやすくなっていたらいいけど、と絢瀬も眉尻を下げて笑い返す。
「きっと冷やしてもおいしいよ。だって砂糖を煮詰めただけだもの」
「それはそうね。煮詰めすぎて、焦がしたわけでもないものね」
「そうだよ。だから、心配する必要はないさ」
ほら、よく固まっているよ。
冷蔵庫から取り出したべっこう飴は、たしかによく固まっている。アルミホイルのカップからも綺麗に剥がすこともできる。
綺麗な色よね、と飴を受け取った絢瀬はそのまま口に入れる。よく冷えたそれは、口の中に入れるとちょうど良い甘さを残しながら、少しずつ溶け始めた。