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期待されてしまうと、どうしてもそれに答えたくなってしまう。それが調月絢瀬であった。たとえ、それが恋人からレースとフリルがたっぷりついた下着を見せて欲しい、と言う内容であったとしても、だ。
そもそも、事の発端は絢瀬の妹・奈々美がヴィンチェンツォに送ったメッセージチャットの内容にあった。少し前に駅前でばったりと遭遇した妹と、どうせだから、と買い物をしたのがきっかけだった。地下街のランジェリーショップで、奈々美に押しつけられるがままに購入した白を基調としたフリルとレースが多く着いた下着のセット。勢いで購入したはいいが、勢いが落ち着いてしまうと着る勇気がない(アラサー、とも呼ばれる年齢にさしかかろうとしているせいか、どうにもフリルのついたものは恥ずかしさが勝ってしまうのだ)それを、まさか個人間チャットで恋人に暴露されるとは思っていなかったのだ。
見てみたいなあ、とにこにこと笑いながら言われたものだから、夜ならいい、と言ったのは今日の昼のこと。夜ならいいんだね、と強めに迫られてしまい、こくりと頷いてしまったが最後、今日の夜に来て欲しいと言われてしまったのだ。強い押しと期待に満ちたピーコックグリーンの瞳に、ノーが言える日本人である絢瀬であっても、流石に拒否の構えは出来なかった。
風呂上がりにボディクリームを塗り、大きなため息を――地を這うほどのため息を吐いて、絢瀬はフリルとレースがたっぷりとついた下着に手を伸ばす。フロントホックのブラジャーを身につけ、浅い股上のショーツを履く。ノンワイヤーの三角の形をしたブラジャーは、締め付ける感覚が少なく、着心地が良いのがとても悔しい。広めの布面積のほとんどをレースで覆い、要所要所にフリルがあしらわれたそれは、差し色でスカイブルーの刺繍が施されている。
絢瀬の白い肌によく似合うそれは、すらりとした長身を愛らしく見せている。流石に下着のままでリビングに向かうのは躊躇われ、かといって、いつまでも脱衣所にいるわけにも行かない。諦めのため息をひとつ吐くと、寝間着を上から着る。ルームシューズを鳴らしてリビングに向かうと、ドアの向こうで待っていたらしいヴィンチェンツォが、早速寝室にいこうよ、と彼女を抱きしめる。
「気が早いんじゃない? まだ十時よ?」
「良い子なら、もう夜も遅い時間だろう?」
「あら、下着姿が見たいだけでしょう? 悪い子だわ。悪い子だから、まだ見せたくないわね」
「明日も一日働くから、悪い子じゃないよ。さ、ベッドに行こうか」
今日の私は悪い子らしいから、悪い子なりに目一杯君にいたずらをしないとね。
にこにこと笑いながら、絢瀬の発した言葉を逆手に取る恋人に、彼女は明日から良い子になってくれると嬉しいわね、と言うだけにとどめるのだった。それは今日の私次第だよ、と笑うヴィンチェンツォに、絢瀬は目の前にある耳に軽く噛みついて、良い子になるおまじないよ、と茶化す。
「おっと、君のほうから……随分と積極的だね?」
「毒を食らわば皿まで、よ。どうせ、最初からそのつもりでしょう?」
「わからないよ? 君のランジェリー姿をみて、満足しちゃうかも知れないのに?」
「どうかしらね。だって、今日のあなたは悪い子なんでしょう?」
悪い子なら、そういういたずらをしちゃうかも知れないわよね。
ドアを開けるヴィンチェンツォにしな垂れかかる絢瀬。片手ですらりとした長身の彼女を支えてなお、余裕のあるヴィンチェンツォは、開けたドアをそのままに絢瀬の身体をベッドにおろす。ふたりで眠るために、規格外に大きな彼の身体に合わせたベッドは、寝室の大半を埋めている。
律儀にドアを閉めたヴィンチェンツォに、絢瀬は脱がせたいか脱いだ方がいいか尋ねる。あけすけに尋ねてくる彼女に、ヴィンチェンツォは苦笑しながら、脱がせたいかな、と返す。
「もうちょっとムードを大事にしようよ」
「あら、心臓がどきどきしすぎて壊れそうなのよ。脱がされる覚悟を決めないと、死んでしまいそうだったのよ」
「そうなのかい? それならしょうがないなあ」
そんなやりとりをしながら、ヴィンチェンツォは絢瀬の寝間着のボタンを外していく。ぷつ、と太い指先で器用にボタンを外すと、絢瀬の白磁の肌があらわになる。白い肌を彩るように、白いフリルとレースがたくさんついた下着が見えると、ヴィンチェンツォはBellissimoと小さく呟く。
まじまじと観察するように見られて、絢瀬は恥ずかしくなる。羞恥を隠すように、絢瀬はヴィンチェンツォの寝間着に手を伸ばすと、ボタンをぷつ、ぷつ、と外していく。積極的だね、とうっすら笑みを浮かべながら、ヴィンチェンツォは絢瀬の胸に唇を落とす。
「いつもこのぐらい積極的でもいいんだよ?」
「嫌だわ。こんなに積極的にあなたと触れあっていたら、心臓がいくつあっても足りないもの」
「付き合い始めて、もう何年目だと思っているんだい? きっと、そろそろ心臓も丈夫になっているよ。大丈夫さ」
そんなやりとりをしながら、絢瀬の手によってボタンを外された寝間着を脱ぎ捨てて、ヴィンチェンツォは彼女の背に手を回して気がつく。背の部分に、ホックがないということに。
「おっと、これはフロントだったんだね」
「そうなのよ。だから、ちょうどいいサイズのものが合ったのよ」
「なるほどね。フリルに隠されているのも素敵なポイントだね」
丁寧にフロントホックのそれをはずして、ヴィンチェンツォは絢瀬の背を起こす。しゅるり、と落ちたシーツの上に下着を床に落とすと、そのまま、つぅ、と彼は指を彼女の腰まで下ろしていく。
脱がしてもいいかな、とヴィンチェンツォは無用な質問をする。いつだって、自分の手で赤面する絢瀬が見たいのだ、と言わんばかりのその質問に、絢瀬は分かっているくせに尋ねるのね、と呆れる。
君の口から聞きたいんだよ。そんなことをのたまうヴィンチェンツォに、絢瀬は立派な鼻をきゅ、とつまむ。
「あんまり意地悪が過ぎると、させないわよ?」
「おっと、それは困るよ。今日の私は、もうその気分なんだ。ごめんね」
「ふふ、分かれば良いのよ。ムードが大事なんでしょう?」
「そうだったね」
そういうと、ヴィンチェンツォはするり、と絢瀬のショーツを脱がせる。ブラジャーと同じで床に落とされたそれを、ふたりは見ることもなく、深い口づけを始めるのだった。
夜はまだ、深くなる時間だった。