title by Lump(http://cogio.net/lump/)
チョコレートの祭典、バレンタイン。とはいえヴィンチェンツォは、ただチョコレートを待つだけの男ではない。どちらかと言えば、贈りたい方の男だ。
親愛なる友人や、敬愛する職場の同僚や上司、そして最愛の恋人のために今年はどうするか悩んでいた。
同僚や友人は、失礼な話なんでもいいのだ。問題は恋人だ。毎年、少しずつ変化をさせて、飽きさせないようにしているが、なかなかこれが難しい。
ダウンジャケットに身を包み、寒風吹きすさぶ街を歩いていた。
近所の服屋には春物の服が並んでいる。暦の上では春とは言え、まだ早いしなあと思いながら、ヴィンチェンツォはふらふらと店の中に入る。いらっしゃいませ、という声を聞きながら、セール品と書かれたワゴンに目がいく。そこには冬物が並べられていた。冬も終わるから、コートにセーターなどの冬の服から、手袋などの小物が什器に敷き詰められている。
「あー、これ欲しかったやつだ」
そう呟きながら、ヴィンチェンツォは一枚のセーターを手に取る。ノルディック柄のグレーの丸首セーターだった。去年まで愛用していた似たようなセーターは、さすがに毛羽立ちが目に見えて酷くなったので処分したのだ。
そこまでは良かったのだが、その後が問題だった。グレーのノルディック柄セーターそのものはどこの店でも見かけるものなのだが、いかんせん彼の体格が良過ぎたのだ。
鍛えた筋肉で膨らんだ体。もとより骨が太いのもあるのだろうが、その体に合うものとなるとなかなか手に入らないのだ。とはいえ、寒いものは寒いのだ。冬の入りに、仕方なく体に合う大きさの無地のセーターを買い、それを今シーズン着倒したのだ。
今日入った店は、ヴィンチェンツォの体でも入る服が多く、重宝している店だ。おそらく、手にしたセーターも着ることはできるだろう。
(でも、あと一ヶ月くらいしか着ないしなあ)
とはいえ、このセーター、セールで税込三千円と少しである。一ヶ月三十日と換算すれば、ほぼ毎日着れば元は取れるだろう。
うーん、と悩みつつもヴィンチェンツォは、馴染みの店員にフィッティングルームを借りてもいいか尋ねる。どうぞ、と扉を開けてくれた彼に礼を言うと、ヴィンチェンツォはフィッティングルームに入る。扉を閉めて、上着を脱ぐ。白のパーカーを脱いで、グレーの丸首セーターに着替える。
きつすぎず、大きすぎない。ちょうどいい大きさのそれは、あつらえたようにぴったりだ。それに満足した彼は、着てきたパーカーに着替え直す。
店員に会計を頼む。袋に入れてもらいながら、他愛のない話をする。
「ヴィンスさんなら、たくさんチョコもらいそうですよね」
「いやいや、彼女からのだけで十分だよ。君こそもらえそうなのに」
「いやー、今年も妹と母親と……あとバイト仲間からもらえたらいいなあ、ってくらいですよ」
「もらえるといいねえ」
商品を受け取り、ヴィンチェンツォは店の扉を潜る。
びゅおう。冷たい風が吹き付けてくる。思わず目を閉じた彼だったが、いつまでもその場にはいられない。
行く宛もないので、とりあえず駅に向かう。大通りを歩いていけば、プレゼントに向いている店にも出会うだろうという考えだ。
そして、その考えは半分当たった。
まずは雑貨屋。可愛らしい猫モチーフや鳥モチーフのマグカップや文房具があった。しかし、恋人の絢瀬は文房具にこだわりがあるし、マグカップは金が使われていたからダメである。電子レンジでも使えるものがいい。
次にケーキ屋。バレンタインはたしかに記念日ではあるが、ケーキを用意するほどの日ではない。そもそも、絢瀬も甘いものを用意するのだから、さらに甘いものを用意する必要がない。
そして服屋。本人のいないところで選ぶよりも、どうせなら本人を連れてきて似合うものを着せたい。その時の彼女の顔も見たいので却下だ。
最後に肌着屋はそもそも男一人で入る場所ではない。
ああでもない、こうでもないと頭を捻っていると、見慣れない店舗が見えてくる。三ヶ月前に閉店したテナントだった。新しく人が入ったらしいそこは、店先に色鮮やかな花が並んでいる。
「花屋か……」
そういえば、まだ花をバレンタインに贈ったことはなかったとヴィンチェンツォは思い至る。店先を飾る花は、見るものを癒している。
花に惹かれるように、彼は店先に向かう。客が来たことを察した店員が店先にやってきて、驚いた顔をする。それもそうだろう。ヴィンチェンツォは頭二つくらい飛び抜けて大きいのだから。
「いらっしゃいませ! いかがされましたか?」
「ああ、バレンタインに花を贈りたくてね。予約とかって、できるのかな」
「もちろん、承っております。どの花で作られるか、決まっていますか?」
「薔薇がいいな。赤いやつ」
「なるほど……何本で包みますか?」
「何本がいいかな。あれって、たしか、本数で意味が変わったよね」
「ええ。そうですね、たとえば──」
店員が本数別の花言葉をヴィンチェンツォに告げる。それを聞いた彼は、少し悩んでから本数を告げる。多すぎず、少なすぎず、それていて愛を伝えるにふさわしい数にする。
包むための和紙の色や、セロファンの色を指定して、支払いを済ませる。
「バレンタインに花束を渡されたら、私だったらドキドキしちゃいますね」
「彼女もそうだといいんだけどね」
「お兄さん、かっこいいですから、きっとドキドキしてくれますよ!」
「そうかい? はは、それなら当日頑張るかな」
笑いながらヴィンチェンツォは会釈をして店を出る。ずいぶん日差しが陰ってきている。冬の太陽は沈むのが早いな、と思いながら、彼は足早に自宅への道を歩いて行った。