「かっこいい、か……」
「そう! 妋崎さん……この間友達になった人に言われたんだ。晶ちゃんのかっこいいが分からないと、方向性がまとまらないでしょって」
「ふうん……」
「ということで! 晶ちゃんがかっこいいって思うことを教えてください!」
目をキラキラと輝かせて尋ねてくる巣鴨に、晶は目を閉じて悩むことでその輝きを直視するのを避ける。そもそも、どうして晶にかっこいいと思われたいのか、が晶本人には分からないのだが、それをつつくのは野暮だというものだろう。数回とは言え、身体をつなげたこともあるというのに、ここまで初々しい恋人に晶は目を開いて再び頭を撫でる。
頭撫でられるようなこと言ったかな、と不思議そうな顔をしている巣鴨に晶はゆるりと相好を崩す。常からに表情筋が死んでいると言われる彼女とは言え、恋人の前では多少は表情が動くというものだ……今まで付き合ってきた男にも、女にもほとんど理解されなかったのだけれども。
頭をわしゃわしゃとなで回した彼女は、これは正直に言った方がいいだろうと思い、雄大、と女性にしては低い声で呼びかける。うん、と教えてもらえるものだと思って、期待に目をさらに輝かせている彼に、やはり言うのを辞めるかと一瞬悩んで、晶は口を開く。
「すまん。かっこいい、がよくわからない」
「……えーと?」
「そのままの意味だが……かわいいの基準はなんとなく分かるんだが……」
「まさかの……! まあ、たしかに晶ちゃんっていつも死んだような目をしてるしな……」
そこで理解されるのか、と晶はそれこそ死んだような魚の目をしたまま、常の無表情で思う。これまで付き合ってきた人種にはなかったことだ。彼女がそもそも他人にも、物事にも興味が無いことを告げると、過剰なまで気を引こうとするか、拒絶するかの二択だったのだから。
やはり多くの人と触れあうのは大切だ、とすこしピントのズレたことを晶が考えていると、それじゃあさ、と巣鴨は晶の片手を握って顔をぐい、と寄せてくる。鼻先が触れあうんじゃないかと思うほど近くにある顔に、思わず晶は握られていない手で、近いとデコピンをする。
「いたた……かっこいいが分からないならさ、一緒にかっこいいの規準を作ろうよ」
「……なるほど」
「……っていっても、そもそもかっこいい、ってなんだろうって言われると、俺もなんだろうね、って言っちゃうんだけどさ……」
「……雄大は」
「ん?」
「雄大はなにがかっこよく思えるんだ?」
「俺かあ……やっぱ、顔立ちかな。ジャニーズとか、正統派だなって思うし。あとはそうだな……デザインかな。好きだなって思えるものの中には、かっこいいから好きって答える物もあるし。あとは、こうなってみたい、っていう気持ちにかっこいいが入っていたりするよ。同僚の気遣いとかがそうかも」
「……なるほど。いろいろとあるんだな……」
「参考になるかな……なんか、話してて不安になるぐらいぼんやりしてるや」
かっこいいって概念、なかなか言語にできないね。
えへら、と笑う巣鴨に、難しいな、と晶もつられるように口の端を少し持ち上げる。ちなみになんだけどさ、と続いた彼の言葉に、持ち上がった唇の端を戻した晶は、なに、と尋ねる。
「かわいいの規準をですね……お聞きしても……」
「雄大」
「あ、はい」
「料理をおいしそうに食べるところがかわいい。なにを作っても喜ぶのがかわいい。たまに尻尾が生えてるんじゃないかと思う。洗濯物が綺麗にたためなくてしょげてるところもかわいい。あとは……そうだな。家事を勉強しようとして、本を買うところがかわいい。それに」
「うおおおおお、もう大丈夫! 大丈夫です!」
「む、まだあるのに」
「これ以上聞いたら、恥ずかしさで死ぬかもしれない! 致命傷です!」
晶の口元を押さえながらぎゃあぎゃあと騒ぐ巣鴨に、ベッドの中でどろどろに溶けた顔もかわいい、という言葉を付け足すか迷って――躊躇うことなく、口元にある彼の手を片手で取り払う。そのまま彼の手を拘束しながら、耳元に吐息ごと吹き込む。彼と付き合う前に付き合っていた女性たちにやると、だいたいが喜んだ手口を使うのは、彼が面白いまでに反応するからだ。
「私の手で、ベッドの中でどろどろになっているのもかわいいし、でかい声で喘ぐのもかわいいと思う」
「んおあああ……耳元でいい声で囁くの辞めて……! ぞくぞくする……!」
「ベッドのことでも思い出した?」
「……はい……」
「素直でよろしい」
「思い出したからトイレ行ってきます……」
「ん」
のろのろと前屈みでトイレに向かった巣鴨を送り出して、晶は水を張ったままにしていたスープマグを洗うために立ち上がる。からかうのもほどほどにしておかないと、変なすねかたをするのが巣鴨雄大という男だ。戻ってきたらせっかくの休日なのだから、どこかにでかけようとこちらから誘うのもありだろう。ついでに、かっこいいものを探そうと言えば、機嫌も良くなるだろう。
洗い終えたマグを水切り台の上に伏して置く。濡れた手をタオルで拭って、ちゃぶ台の上にほったらかしにしていたスマートフォンの充電を確認すれば、十分すぎるほどに充電はあった。