title by alkalism(http://girl.fem.jp/ism/)
ぴかぴかのフルーツタルトがテレビ画面に映し出されている。それは、先日職場で噂になっていた店のものだった。
目にも鮮やかなフルーツが山と盛られたそれは、妋崎(せざき)が妻が買ってきてくれた、とスマートフォンで撮影したものより、はるかに美しく見える。画質の違いだろうか。
きれいだな、と絢瀬が見ていると、ぴこん、とスマートフォンに通知がくる。誰だろうかと思っていると、最初に職場でその名前を出した本人である妋崎その人だった。
『テレビに出てたフルーツタルト、見ました?』
「ええ」
『ネットでも買えるみたいですよ。彼氏さんにいかがです?』
「そうね、喜びそうだわ」
『凄くうまいんでおすすめです』
ぴこんっ、とゆるいたぬきのスタンプが送られてくる。
どうやら、お気に入りの店舗がテレビに取り上げられたことで、部署内の人間に勧めて回っているらしい。妋崎のスタンプが送られてくるとほとんど同時に、叶渚(かんな)からもメッセージが送られてくる。ポップアップに妋崎からメッセージきたか、だったのだ。彼女の元にもきたのだろう。
叶渚のメッセージに適当にスタンプを返していると、朝から出かけていたヴィンチェンツォがただいま、と言いながら入ってくる。今日は朝から身体を動かしたい気分だから、といきつけのジムに向かった彼は、ジムで小一時間ほど汗を流してきたのだ。大浴場があるのが選んだ決め手だと言っている彼からすれば、常人よりも長い手足を存分に伸ばせる大浴場があるジムにたまの休みでも訪れたくなるのだろう。
ちょうどフルーツタルトの特集VTRが終わったところで入ってきた彼は、おいしそうだね、とスタジオに用意されているフルーツタルトを見ながら言う。
「そういえば、イチゴとかキウイとか、スーパーで並んでたなあ」
「あら、作るつもりなの?」
「見てたら食べたくなっちゃったからね」
「そんなに食べたいなら、オンラインショップで注文してもいいのよ?」
「うーん、でも、今食べたいんだよねえ」
ネットショップだと届くまでに時間差があるしなあ。
そう呟く彼の中では、もうフルーツタルトを作ることは決定しているらしい。材料あったかなあ、と言っている彼に、ブルーベリーも乗せて、と頼んでみる絢瀬。
「いいね。あー、どうせならアーモンドとカスタードの二つのクリームのタルトにしようかな」
「あら、ずいぶん手間がかかりそうなタルトね?」
「たまに作るんだもの。どうせなら、おいしいものがいいでしょ?」
ブルーベリーのほかに乗せたいものはあるか、と尋ねられた絢瀬は、うーん、とうなる。フルーツタルトにそこまで興味がない――厳密には、そもそも食事という行為そのものにそこまで興味がない――彼女としては、フルーツタルトに何が乗せたいと言われても困るのだ。ブルーベリーだって、直前の特集で乗っていたのを記憶していたから、提案しただけなのだから。
そういえば、妋崎が見せてきた写真には、マスカットが乗っていたな。
そのことを思い出した絢瀬は、マスカットもほしい、と提案する。
「マスカットか、いいね」
「あとは、何を乗せるのかしら」
「定番のイチゴと、マスカットと色がかぶっちゃうけど、キウイかなあ。あ、ピンクのグレープフルーツももらったし、それも乗せちゃおうか」
「いいわね。おいしそうだわ」
「でしょう?」
さて、必要な材料を買ってこないと。そう言った彼は、裏紙のメモ帳に必要なものを書き出していく。アーモンドパウダー、無塩バター、キウイとイチゴにマスカット。そして牛乳と書き出す。
メモをスマートフォンと一緒にチノパンの尻ポケットにいれたヴィンチェンツォは、絢瀬に一緒に行くか、と声を掛ける。
「まだ番組が見たいなら、無理にとは言わないさ」
「別に、興味があって見ていたわけじゃないもの」
「そうかい? それならいいんだけど」
「ええ。どうせ暇なら、あなたと一緒に居た方が楽しいわ」
「本当に、アヤセは嬉しいことを言ってくれるよね!」
これだから君の恋人をやめられないんだ。
にこにこと上機嫌で笑うヴィンチェンツォに、呆れたように微笑む絢瀬。ちょっとしたお出かけ用の、小さめの肩掛けカバンを取りに寝室に戻った彼女は、まだ少し肌寒い時期だから、と紺色のカーディガンを羽織る。ふわり、とアイボリーホワイトのフレアスカートを揺らしながら寝室の扉を開ければ、ヴィンチェンツォが玄関で待っていた。その手には大きなトートバッグが握られている。もうすっかり、準備万端だ。
「どうしよう。車で行くかい?」
「悩むところだわ。そこまで遠くはないけど……買う物、ちょっと重たいかしら……?」
「うーん、強いて言えば牛乳がちょっと重たいぐらいだけど……別に、我慢できないほど重たいわけではないしなあ」
それに、まとめての買い出しじゃないから、別に車じゃなくてもいいかもね。
笑いながらそう言った彼に、なら買い出しもまとめるか、と絢瀬は提案する。どうせ日曜日の夕方にいつも平日分の買い物を済ませてしまうのだ。一日早いぐらい、別に問題ないだろうと思っての提案だった。
「うーん、でもそうすると、君と出かける口実がひとつ減ってしまうからなあ」
「……え? そういうつもりだったの?」
「いや、ちゃんと食料をまとめて買いたいっていう理由はあるけど……」
「けど?」
「もう半分はアヤセとのデートが確定してるから、っていう理由だよ」
「……もう」
恥ずかしい人ね。
そう言った絢瀬は、目尻を少し赤くしながら、フルーツタルトの材料を買いに行こうと急かす。そんな彼女に、買い出しも一緒じゃなくていいのか、とヴィンチェンツォは尋ねる。
振り返られることなく、戻ってきた返事は、デートなんでしょう、だった。