たまにはシーツを洗おう。
その話になったのは、すっかり春らしい暖かい空気が満ちた頃のことだった。シーツをひっぺ剥がしながら、もう冬用のもこもこもふもふの掛け布団じゃなくてもいいわね、と絢瀬がドリップコーヒーを飲みながら言ったのが始まりだった。掛け布団をクリーニングに出すかい、と提案したのはヴィンチェンツォだった。
指標が決まれば、行動は早かった。ヴィンチェンツォと絢瀬はベッドからシーツをひっぺはがし、ついでに冬用の掛け布団のカバーを剥がす。掛け布団自体は去年寝具専門のクリーニング業者に出したので、そのまま軽く折りたたんで片付けるだけにした。
カバーとシーツが洗濯できるか、タグを確認する。洗濯はできるようだったので、自宅で洗うかとヴィンチェンツォが考えていると、そういえば、と絢瀬は口を開く。
「部長が言っていたのだけど、マンションの近くにできたらしいわよ、クリーニング屋さん」
「へえ? そうなんだ。ああ、そういえば、この間郵便局の隣の空きテナントが改装していたから、そこのことかな」
「きっと、その店だわ。新規オープン記念で、安くなっているらしいわよ」
「へえー……出してみる?」
「いいんじゃないかしら? だったら、この際だもの。冬物のコートも出さない?」
「そうだね。もうシーズンはすぎたからね」
そういうと、ヴィンチェンツォは冬物のコートを取りに玄関に向かう。コート掛けからダウンジャケットや厚手のウールのコートを引っ張ってきた彼は、どさり、とベッドの上に放り出す。
「シーツと、カバーと、コートにジャケットに……あとクリーニング屋に持っていく物はあったかな」
「うーん……あ、セーターは?」
「ああ、それも洗わないといけないね」
「いいわよ。わたしが取ってくるから、ヴィンスは持っていく物をまとめて、袋に入れてくれるかしら」
たぶん、イケアの大きな袋なら入ると思うから。
そういうと絢瀬はクローゼットの扉を開く。ハンガーに引っかけられている数着のセーターを取ると、首元が伸びないように気をつけてハンガーを外す。丁寧にセーターを畳み、積み上げていく。
その間、ヴィンチェンツォは部屋干し用の部屋に向かう。押し入れの中に放ってある海外家具メーカーのショッピングバックを取り出す。大きすぎるがゆえに、普段あまり使われないのだが、こういう――クリーニング屋やコインランドリーに大量の衣類を出すときなどに役に立つのだ。押し入れの中にある、半透明のケースから目が覚めるほど青いショッピングバックを引っ張り出すと、ヴィンチェンツォは足取り軽く寝室に戻っていく。
部屋に戻れば、絢瀬がセーターを全てクローゼットから取り出し終えたところらしく、掛け布団カバーを折りたたんでいるところだった。
「あら、おかえりなさい」
「うん、ただいま。さ、いれちゃってよ」
「ええ」
掛け布団カバー、ダウンジャケットたちに、ウールのコート、セーターたち。どっさりと詰め込まれた冬用であるがゆえに厚手の服は、一着なら気にならないが、集まるとそれなりの重量がある。二人の中にある暗黙の了解で、重たいものはヴィンチェンツォが持つことになっていた。それは、別にそちらのほうが効率的だからというだけである。
「どうする? 車、出す?」
「うーん、郵便局は近いし、別に……ああ、でも、どうしようかな。コインランドリーでシーツを洗うなら、車を出したいかな」
「そうね……ねえ、シーツ、今洗濯機に入れて、洗ってしまっても良いんじゃないかしら」
「それでもいいかもなあ。でも、どうせだし、外でまとめて洗っちゃってもいいんだよなあ」
「悩ましいわね。わたしはどちらでもいいし、あなたがしたいようにして」
「うーん……別に、急いでやらなきゃいけない予定があるわけでもないんだし、コインランドリーでシーツ洗っても良いんじゃないかな」
それに、コインランドリーで君と時間を潰すのも悪くないもの。
そう笑ったヴィンチェンツォに、絢瀬はそれもいいかもしれないわね、と笑う。二人はひっぺ剥がしたシーツをショッピングバックにしまおうとして、気がつく。上に衣類を乗せた方がいいことに。そう、先に訪れるのはコインランドリーではなく、クリーニング屋なのだから。
「あら、これは入れ直しね」
「そうだね」
「先にシーツをどうするのか、確認するべきだったかしら」
「でも、私たちには今日は時間があるのだし、別にいいんじゃないかな」
こうやって二人で何かをするのって、楽しいから私はこういうミスも嫌いじゃないよ。
楽しげなヴィンチェンツォに、絢瀬もまた、わたしも嫌いじゃないわよ、と返す。二人は顔を見合わせて、くす、と笑い合って、そしてショッピングバックをひっくり返す。
ざらり、と重力に従って落ちてきた服を床の上で山積みにしながら、ヴィンチェンツォは雑にシーツをバッグに放り込む。しわになるわよ、と言いかけて、どうせ洗うのだから関係ないか、と絢瀬は思い出す。
シーツの上にジャケットやコート、セーター、そして掛け布団カバーを乗せると、ヴィンチェンツォが持ち上げる。
「それじゃあ、行こうか」
「そうね。どっちが運転する?」
「うーん、あそこの駐車場って、広かったっけ」
「どうだったかしら。コインランドリーのほうは広かったように思うけど」
「それなら、私が運転しようかな」
バックでの駐車って、どうにも苦手でさ。
そう笑った彼に、文明の利器がついているのに、と絢瀬は返す。駐車枠から離れすぎないのもコツよ、と続ける。分かってるんだけどさあ、とぼやく彼に、それでも運転してくれるのは嬉しいわよ、と絢瀬は微笑む。
「そりゃあ、君にかっこいいところを見せたいじゃないか」
「あら、素敵な理由ね?」
「ふふ、そうだろう? ねえ、私の努力は伝わっているかな?」
「ごめんなさい。今まで気がつかなかったわ」
でも、運転してくれるのは嬉しかったわよ。
背伸びをしてヴィンチェンツォの頬に触れてくる絢瀬に、彼は軽くかがむ。身長差が三十センチ近くある二人ゆえに、どちらかがキスをしたくなると、こうしてお互いにタイミングを合わせる必要があるのだ。
ちゅ、とかわいらしいリップ音を添えて、絢瀬はヴィンチェンツォの頬に口づけを落とす。それを受け取りながらも、彼は、どうせならここにしてほしかったよ、と絢瀬の唇を奪う。
「あら、悪い男ね」
「君がじれったいことをするんだもの」
「たまにはイタズラがあったほうが楽しいでしょう?」
そういたずらっ子のように笑った彼女は、おいていくわよ、と寝室を後にした。