異邦の地ではチョコレートの祭典とも言えるほど、チョコレートが消費される日だという日を前に、ペパーはどうしたものかと悩んでいた。カントーやジョウトのほうでは、女性から意中の男性へチョコレートを贈る日(もしくは友人間でチョコレートを贈り合う日)だというその日は、パルデアでも恋人同士が贈り物をする日だ。
とはいえ、パルデアの恋人達に言わせれば、一年中恋人の日でもあるので、その日にこだわる必要はさらさらないのだ。もっとも、そういう言葉を発する人物は、往々にして贈り物を用意していないことが多いのだけれども。
……閑話休題。
「で、パイセンはどうすんの?」
「やっぱり、チョコレートとか? たしか、アオキさんってカントーのほうが出身だって聞いたよ」
「でも、チョコレートより普通の食事のほうが喜ぶんじゃないの。話聞いてるとさ」
「だよなあ……それはそうとして、贈り物はしたいよな」
「だよね」
ハルトとネモ、ボタンと食堂のテーブルを囲みながら、ペパーは迫る贈り物の日に頭をひねる。全員でスパイシーポテトをつまみながら、贈り物って難しいよね、とネモは頷く。気に入らないものでも、贈られたら使わないと申し訳ないしね、と続いた言葉に、お嬢様である彼女にもそういった贈り物があったことを言外に感じ取る。
やっぱ消え物が一番でしょ、とボタンはスマホロトムを触りながらポテトサラダサンドを咀嚼する。スマホ画面を見せながら彼女は、豪華なディナーとか喜ばれるんじゃないの、とペパーが一番得意とする料理を提案する。
おとなのサンドを片手に、ハルトはサングラスの位置を調整しながら、張り切ったご飯にチョコレートのお菓子でも添えれば完璧っしょ、と言う。もはもは、とサンドイッチを咀嚼する彼は、下手にあれこれ用意するより、ささやかな贈り物のほうが絶対喜ぶよああいうタイプ、と自分の発言に頷いている。
「たしかに。平凡、って自分で言っちゃってるもんね、アオキさん」
「そうなん? じゃあ、やっぱ品数多い夕飯を用意するのが一番喜ばれるんちゃうの」
「同感ー。で、ついでにデザートもついてたら完璧っしょ、パイセン」
「デザートか……お菓子はあんまり作ったことがないんだよな……」
「マジ? じゃあ、パイセンのお菓子作りの練習に付き合うけど? 主に食べる方で」
「うちもうちも」
「あたしも!」
「オマエら、単に菓子が食いたいちゃんなだけだろ」
「えへ、ばれた」
はぁー、と大きなため息を吐くペパーをよそに、ハルトとネモ、ボタンはくすくすと笑う。それでも付き合いのいい彼のことだから、デザート作りの練習がてら、完成品を食べさせてくれるのだろうと三人とも理解していた。
◇◆◇
ハルトたちの付き合いもあり、それなりに見栄えがするデザート(それなり、というのはペパーの感覚であり、ハルトやネモからすれば十分すぎる出来栄えだと太鼓判を押された)の準備ができたペパーは、冷蔵庫で冷やし中のそれをそわそわとしながら待つばかりだ。
夕飯の準備は随分と進んでおり、もうあとはアオキの帰宅時間に合わせて最後の調整をするばかりだ。未だにスマホロトムにはメッセージの受信を知らせる陽気なロトムの鳴き声は聞こえてこない。それがさらにペパーのやきもきする気持ちを加速させていた。まだかまだかとリビングをうろうろしていると、ヨクバリスが自分の分の夕食だけでも早められませんかね、とお伺いを立てるようにちらちらと見てくる。ひとりだけ先に食べるのはなしだぞ、といい含めていると、ロトロトロ卜、とスマホロトムが着信を告げる。
ペパーの周囲をぐるり、と回ったスマホロトムをキャッチして画面をスワイプすれば、今職場を出たという報告だった。できたてのご飯と待っている、と連絡をすると、ペパーは台所で火を通し直すばかりの料理と向きあう。
温め直していると、がちゃり、と玄関の施錠が外される音がする。わくわくと逸る心をおさえて、コンロの火を止める。玄関に向かえば、靴を脱いでいるアオキの姿が見える。鞄の向こうに置かれている紙の包みからだろうか、嗅ぎなれない花の匂いがする。
「おかえり、アオキさん。……ところで、その花束は?」
「ただいま帰りました。この花束はその……はい、あなたに渡すために買ってきました」
「へへ、嬉しいぜ。ごはん、もうちょっとで用意ができるから、アオキさん悪いんだけどさ、花、花瓶に入れてくれよ」
「わかりました。ちなみに、花瓶はどちらに?」
「物置の棚の一番下の段の左側!」
ペパーの言葉に従って花瓶を探しに行くアオキを見送り、ペパーはキッチンに戻る。料理を軽く温めて、皿にきれいに盛り付けていく。料理を次々にダイニングテーブルにのせていくと、花瓶に花をいけてきたアオキが戻ってくる。テレビの隣に花瓶を並べた彼は、おいしそうですね、といつもより品数の多いテーブルを見る。サラダにスープに肉や魚をふんだんに使った大皿料理が並ぶそこは、ちょっとしたホームパーティーの様相だ。
「随分と豪華ですね」
「へへ、気合い入れて作ったんだぜ! どれもおいしいから、残さずどうぞ」
「それは楽しみですね」
「へへ……早く食べようぜ」
ヨクバリスがさっきから腹減ったってずっと言ってるんだ。
名前を呼ばれたと理解したヨクバリスが、むっちゃあ、とそうですよ、と返事をする。早くご飯にしましょう、と言わんばかりに皿を持ってくるその姿に、食い意地はりすぎちゃんだろ、と呆れながらペパーはポケモンたち用の食事を乗せる。それぞれのポケモンたちのご飯の用意し終わってから二人はダイニングテーブルを挟んで向かい合って座る。
食前の挨拶もそこそこに並んだ料理に舌鼓をうつアオキに、今日はデザートもあるんだぜ、ペパーが教えてやると、それは楽しみですね、と彼は薄くほほえみを浮かべるのだった。