名古屋行きの新幹線に乗るため、ヴィンチェンツォと絢瀬は駅に来ていた。新横浜から名古屋に向かう新幹線の切符を手にしながら、二人は駅の土産物コーナーを物色していた。ホームに向かうには、まだ時間は十分過ぎるほどあった。指定席の新幹線は、あと三十分は先である。
名古屋に住んでいる絢瀬の実家から、ゴールデンウィーク暇なら遊びに来たら、と誘いがかかったのは四月の頭の頃だった。ゴールデンウィークとシルバーウィーク。どちらの長期連休にどちらの家に行くかは、そのときの気分によって決めているのだが、今回は先に絢瀬の実家から連絡があったのもあり、名古屋に赴くこととなった。代わりにシルバーウィークはヴィンチェンツォの実家があるイタリアだ。
そのことをヴィンチェンツォの実家に連絡すると、秋まで待てないから夏に遊びに行ってもいいか、と連絡があった。
夏はお盆の季節でもあり、絢瀬の実家で盆を過ごすのがこれまでの流れだったので、それを説明したところ、面白がったヴィンチェンツォの姉と妹が来日することになって、彼が頭を抱えたのだが。
……閑話休題。
かくいう事情により、ヴィンチェンツォと絢瀬は新横浜駅でウィンドウショッピングをしながら、よさげなお土産物を物色していた。
「これはどうかな」
「うーん……シウマイはちょっとありきたりじゃないかしら」
「そうかな。おいしいし、ここのは有名だから外れないと思うけど」
「それはそうだけど……どうせなら、ついてすぐ並んだ方が嬉しくない?」
「……それもそうだね」
そういうとヴィンチェンツォは有名店のそれを元の場所に戻す。他の店のも見てみよう、という絢瀬の提案に乗り、二人は駅構内をぶらぶらと歩く。
刻んだ栗の入った昔ながらの銘菓に、異国情緒の横浜をイメージした洋菓子。到着時間はお昼時で、絢瀬の実家でおやつとして食べられるようなもの。そうなると、必然的に選ばれるのは菓子である。さてどちらにしよう、と二人は悩みつつも、今回は栗の入った銘菓にする。
二箱お土産を買い、鞄にしまう。がらがらとキャリーケースを引く。荷物を抱えて構内を歩いていく。改札を抜ければ、予約した新幹線の時間にちょうど良いタイミングだった。
改札を抜けてホームに上がる。ちょうど二人がホームに立つと、新幹線が滑り込んでくる。転落防止ゲートと乗り込み口が開き、二人はキャリーケースを引いて乗り込む。先にヴィンチェンツォが乗り込み、自分のキャリーケースと絢瀬のキャリーケースを車内に入れる。
「ありがとう」
「いいのさ、これくらいね」
二人は指定された席に着くと、絢瀬が窓際の席に座る。ヴィンチェンツォは軽々と自分のキャリーケースを持ち上げ、棚上に乗せる。絢瀬のキャリーケースは足元に置く。
席について、絢瀬がスマートフォンの画面をつける。メッセージアプリを立ち上げ、グループチャットを開く。家族間のグループチャットに、新幹線に乗った旨を書き込み、送信する。ついでにゆるいたぬきのスタンプも送信する。
暫くもしないうちに、姉から待ってますのスタンプが返信される。妹は一日遅れての到着になるため、なにやら拗ねたスタンプが飛んでくる。途端に賑やかになるチャット画面を微笑ましく思っていると、不意に視線を感じる。
視線の方を向けば、当然の如くヴィンチェンツォだった。どうしたのか尋ねると、私もそのグループに入りたいんだけど、と返ってくる。
「あれ、ヴィンス、まだ入ってなかったの?」
「入れてもらってないよ?」
「やだ……てっきり母さんか、姉さんがいれてると思ってたわ」
入れてもいいか家族間のグループチャットに確認すると、入っていなかったのか、と返ってくる。それぞれ、誰かが彼をグループに招いているものだと思っていたらしい。
絢瀬はもう一度謝りながら、ヴィンチェンツォをグループに招待する。んもう、と呆れながらも彼は嬉しそうにグループチャットに書き込みをする。賑やかなチャット画面を閉じて、絢瀬は流れていく景色を見る。もうすでに見慣れた街中ではなくなっていて、長閑な風景に変わり、戸建て住宅が増えてくる。
どんどん景色が流れていく中、車内販売の女性の声が聞こえてくる。ヴィンチェンツォは楽しげな声とともに、絢瀬の肩を叩く。
「ねえ、私はアイスを買うけれど、君は何か食べるかい?」
「え? そうね……ミックスサンド、あったわよね」
「あったけど、頼むのかい? ここでプランゾにする?」
「少しお腹すいちゃったの。あなたと分ければちょうどいいかなって」
「なるほどね。もちろんいいよ」
通りがかったワゴンを押す女性を呼び止めアイスとミックスサンドをヴィンチェンツォは注文する。代金を渡して商品を受け取る。前の座席に備え付けられている小さな車載用テーブルを起こす。
アイスを放って、ミックスサンドの封を開ける。四切れ入っているそれを二つずつに分けて食べていると、通路挟んで隣の席がやおら賑やかになる。どうやら子どもが暇になって騒ぎ出したらしい。母親にわがままを言っている彼は、席を母親と入れ替わり、窓際に移る。
窓からみえる後ろへどんどんと流れていく景色が面白いのか、騒いでいたのは本当に少しの間だった。
「子ども、ね……」
「アヤセ、欲しくなったのかい?」
「ふふ、少し欲しいけど……まだあなたと二人での生活でいいかしら」
「奇遇だね。私もだよ」
でも、私と君の子どもなら、さぞ可愛いんだろうな。そう、ヴィンチェンツォは笑いながら言うものだから、絢瀬は少し目を丸くしてから、あなたに似た子かもしれないわね、と返した。
ぴんぽーん。
インターフォンを鳴らすと、少しして玄関の扉が開かれる。青い瓦屋根、白い漆喰の壁。二階のベランダには物干し竿に揺れているタオルが見える。ヴィンチェンツォが高校生の時にはじめて訪れた時から、何年経っても変わらない絢瀬の実家だ。ただ、少しだけくたびれてきたような気はする。
ゆっくりと開けられた玄関扉の向こうには、白いエプロンを身につけた絢瀬の母の姿があった。
「あらー、ヴィンスくんに絢瀬。おかえり」
「ただいま、母さん。これ、お土産」
「マンマ、帰ってきたよ。あ、これね、こないだ作ったトマトソース持ってきちゃった」
「あんれま。お土産もようけ持ってきたねえ」
絢瀬から土産の箱を受け取り、ヴィンチェンツォのトマトソースはキッチンまで運んでくれと頼む母親。言われた通りに運びいれると、キッチンのダイニングテーブルには昼食には少々重たい食事が並んでいた。
「わっ、からあげだ! フライドポテトも!」
「ちょっと……母さん、流石に作りすぎじゃない?」
「なに言うとんの。ヴィンスくんは食べるがね。ね」
「もちろん! わ、これなんだろ」
バターと醤油の匂いがする!
はしゃぐヴィンチェンツォに、絢瀬はため息をつきながらもコタツ用のテーブルにつく。山盛りの唐揚げに、山と積まれたフライドポテト。隣の大皿にはタケノコの炒め物が乗せられており、そこからバターと醤油を炒めたであろう匂いがする。
お隣さんからタケノコもらってねえ。のんびり話す絢瀬の母は、新聞を読んでいる初老の男性の隣に座る。男性は新聞を閉じると、一つ会釈をする。
「パードレ、遊びに来たよ」
「ただいま、父さん」
「……ん」
「この人ったらねえ、朝からずーっと部屋中うろうろしとってねえ」
掃除の邪魔ったらなかったんよ。
からからと笑う絢瀬の母に、罰が悪そうに男性は目を逸らすと咳払いをする。
くすくすとその場にいる皆が笑うと、ああ、と母が席を立つ。廊下に続く扉を開けて、階段の上に声をかける。すぐに扉が開かれる音が聞こえて、ばたばたと階段を降りてくる音がする。
「うわ、絢瀬帰ってくんのはやない?」
「はやないわよ。連絡通りだわ、姉さん」
「うっそだあ。って、お母さん、ご飯作りすぎじゃない?」
昼から唐揚げとフライドポテトは重たすぎるよ。絢瀬に似た女性――瞳の色はヘーゼルの彼女は、少し文句を言いながら、テーブルにつく。
私が全部食べるから大丈夫さ。ヴィンチェンツォは自信たっぷりに告げると、いっぱい食べてね、と絢瀬の姉・葉月は笑う。
「義兄さんはどうしたの」
「和義は急に仕事入っちゃって。でも、昼には終わるって言ってたし、そろそろ帰ってくるんじゃないかな」
「かずくんの分は残しといたってね、ヴィンスくん」
「いいって、いいって。いないあいつが悪いんだし。ヴィンス、全部食べちゃっていいよ!」
「それは流石に悪いよ」
三つくらい残しておくよ。そう言うと、絢瀬の家族のツボにハマったのか、どっと場が湧く。
いただきます、と食前の挨拶をして、各々箸を伸ばしていく。タケノコのバター醤油炒めを口に入れたヴィンチェンツォは、おいしいとご満悦だ。
「ヴィンスくん気に入ってくれて、よかったわあ」
「おいしいよ。これ、バターと醤油で炒めただけなのかい?」
「そうよぉ。簡単でええやろ」
「そうだねえ。家でも作ろうかな」
「だったら、ついでに持っていったら? タケノコ。お母さん、まだあったじゃん」
「ん。帰りに持って行きなさい」
「やった」
ぱくぱくとタケノコを食べるヴィンチェンツォの隙間を縫うように、絢瀬はタケノコを攫う。ぽりぽりと炒められたそれを食べながら、移動中に食べたミックスサンド二切れがまだ胃の中を占めており、食べなきゃよかったかな、と少しだけ後悔していた。