流石に初回お泊まり会は難易度が高すぎる、と伝えたハルトは、土曜日の昼から遊びに行くと約束を取り付けたのは少し前の話だ。
友人の家とはいえ、旦那のいる身の人間だ。手ぶらは不味かろうと考えたハルトは、無難なおやつによさそうなケーキを持ち寄ろうと考える。良さそうなケーキ屋を引っ越してきたばかりのハルトは知らないから、お嬢様でもあるネモに尋ねたのは正解だった。
バトルジャンキーなどと呼ばれる彼女だが、普通の少女の側面もあるし、お嬢様としての側面もある。ここのケーキ屋さんはハズレがないよ、と教えてもらったケーキはポケモンも食べられると評判のケーキ屋だった。自分用にいくつか見繕ったが、たしかにハズレのない味だった。ラウドボーンもデカヌチャンも大喜びだった。
ケーキの収まった白い紙箱を抱えて、イキリンコの空を飛ぶタクシーに乗る。目指すはチャンプルタウンだ。
チャンプルタウンのポケモンセンター前で降りたハルトは、スマホロトムでペパーに連絡を入れる。
「パイセーン。チャンプルタウンまで来たけど、どこに行けばいいのさ」
「わかった、どっちのポケモンセンターの方にいる?」
「あー……宝食堂の方にいる」
「わかった。迎えに行くから、少し待っててくれよな」
通話を切られて数分ほどして、大きめのTシャツを着た、ラフな格好をしたペパーがやってくる。手土産、とケーキの入った箱をハルトが手渡せば、別に気にしなくていいのに、と驚いた後に笑って受け取るペパー。
他愛ない話をしながら並んで歩いて、チャンプルタウンの外れにある住宅街の一画に着く。広めの一軒家を指さして、ここ、とペパーは告げる。
「ひろいなー」
「そりゃ、アオキさんのポケモンたちものびのび過ごせるように広くしたからなー」
「そりゃそうか。鳥ポケモンもいるもんな、あの人」
「そういうことだぜ。でも、おかげでキョジオーンも頭打たないからありがたいけどな」
家の半分はポケモンが好きに過ごせる空間にしてあるんだ。
そう言いながら、ペパーは玄関ドアの施錠を開けようとする。ちょうどそのとき、内側から鍵が開けられ、扉が開く。開けたのはペパーと同じ、薄いベージュ色のワイシャツを着たアオキだった。
「ただいま、アオキさん」
「お邪魔しまーす」
「おかえりなさい、ペパーさん。そして、いらっしゃい、ハルトさん」
「あ、ハルトがケーキ持ってきてくれたんだぜ! あとで食べような」
「いや、自分は……」
「六個買ってきたから、アオキさん二つ食べていーよ」
「……分かりました」
ハルトが言外に、一人二つは食べられることを示してやれば、辞退しようとしていたアオキはため息と共に承諾する。
靴は脱いでくれよ、と言われ、カントー式ィ、とハルトはちゃらけながらスニーカーを脱ぐ。スリッパに履き替えて廊下を少し歩く。手洗いはそこ、と指差された扉の反対側に開きっぱなしの引き戸が見える。
引き戸の向こうを興味深く見ていると、手洗ってからな、と洗面所に連れて行かれる。二人で並んで手を洗って、開きっぱなしの引き戸の向こうに案内される。
リビングダイニングに通されたハルトは、ダイニングテーブルにケーキの入った箱を置くと、背丈の低いフロアソファーに転がるネッコアラとヨクバリスが目ざとくこちらを振り向いたのを察する。ネッコアラは興味なさそうにころころと転がっているが、ヨクバリスは興味津々に抱き抱えているキョダイオボンのみ(通販サイト最安値千五百円なことをハルトは知っている。先日実家用に買ったからだ)を今にも置いて駆け出そうとしている。
ヨクバリスに、お前のじゃないぞ、と言いながら、ペパーは冷蔵庫に箱ごとケーキを仕舞う。それを残念そうに見つめているヨクバリスを、チルタリスがふわふわした翼で頭を撫でている。
「ポケモンも仲良しじゃん」
「そうなんだよ。あ、アオキさん、ハルトにあれ出してもいいか?」
「構いませんよ」
「おん? あれってなによ」
「トロピウスの果実。昨日収穫させてもらったんだ」
「え! マジ?」
「マジマジ。やっぱ、そのまま食うのが一番うまいんだよな」
そういうと、ペパーは冷蔵庫からタッパーを取り出す。わざわざ皿に移し替えてる彼を見ながら、ハルトはアオキの腰を小突く。
嫌々そうに見下ろしてきたアオキに、ハルトはお家探検したいんですけど、と小声なりに直球で尋ねる。
「それがどうかしたんですか」
「見られてほしくないものがあるなら、今のうちに言ってくれれば見ないでおくぜ? っていうありがたーいあれよ」
「……そうですね。寝室のベッド、ヘッドボードの収納は開けて欲しくないですね」
「りょーかい。ちなみに何が入ってんの」
「……言わなくてはいけませんか」
「言わなかったら開けちゃうカモ?」
「……皆まで言わせんでください」
「あ、察したわ。アレでしょ」
夜のお供な奴。
あっけらからんと言ってのけたハルトに、そういうところです、とアオキは頷く。そこまでも言われるとナニがあるか興味はあるが、皆まで言わせるのも、実際に見つけた時にペパーが慌てすぎる様を見るのも趣味ではないので、想像だけにしておこう、とハルトはうんうんと頷く。
何の話してたんだよ、と皿に切り分けたトロピウスの果実と爪楊枝を乗せたペパーが戻ってくる。なんでもなーい、とにこにこ顔のハルトに、なんでもあるちゃんだろ、と呆れたように笑いながら、ペパーはソファーに座ろうぜ、と立ちっぱなしにしていたハルトとアオキをソファーに促すのだった。