title by OTOGIUNION (http://otogi.moo.jp/)
営業先から戻ろうとしたときだった。テーブルシティにあるとある営業先から帰社する途中で、特徴的な跳ねた灰海色をした髪と、オールバックにされた黒髪を見つけたのだ。
ジムリーダーもしているらしい(タウンマップに記載されているから知っているのだが、本人の口からは聞いたことがない。たしかにノルマは誰よりも少ないから、そういうことなのだろうけれど)彼と外で会うのはなかなか稀である。なぜならば、チャンプルタウンのほうにジムがあるものだから、彼の得意先もそちらに集中しているのだ。
今日はテーブルシティだったんだなあ、と思いながらジムリーダーもしているアオキさんに声を掛ける。はあ、と風にかき消えそうな音量のくせに、妙に耳に残るやる気の無い声が戻ってくる。言っては何だが、めちゃくちゃに腹が立つ。この私が声を掛けているのに!
自分で言うのもなんだが、結構私は顔立ちが良い方だ。そりゃあ、まあ四天王も勤めている人事のチリさんやトップチャンピオンも兼任している委員長のオモダカさんほどではないが、化粧だってばっちり決めているし(営業があればいつも以上に自分に似合うメイクをするのは当然のことである)今日のメイクだってばっちりだ。崩れていないのも分かっている。さっきお手洗いで確認してきた。スタイルだって悪くは無いはずだ。同じ営業部の男や、合コンや街コンで知り合った男達からも鼻の下を伸ばして胸を見られることだってある。むかつきはするが、まあその、男受けはいいほうだという自負はある。
目の前の男はそんなことなどつゆ知らない顔をしている。なんだ貴様。年齢も近い女なのだし、女の気配もないのだし、ここにいる上等な女を捕まえようとは思わないのだろうか。
アオキさんはなかなかの優良物件だ。猫背でも高い身長(見上げるのもあほだなと思うほどには背が高い。ハッサクさんとかいう四天王も同じぐらい背が高いが)、くたびれた無表情、食事を美味しそうに食べる顔。イケメンや美男子というわけではないが、まあそれなりに顔立ちがいい。ジムリーダーも兼任しているのだから、給料だって悪くは無いはずだ。まあ、たしかに休みがあってないような生活なのは目に見えているが、まあそれは置いといてもいい物件だ。営業部の男日照りしている女性陣からは「狙い目の男」として見られている。
「どうしたんですか」
「どう、って……同じ部署ですし、よかったらランチいかがですか? っていうお誘いですよ」
「はあ……自分は人と待ち合わせをしているので……」
「あ、そうなんですか? よかったらその人も一緒に……」
「あ、すみません。来ましたので」
それでは失礼します、と言わんばかりの男を眼力で制して(我ながらおっかない顔をしているとは思ったが、目の前の男はそんなことなど気にすることも無かった。なんかそれはそれでむかつくのだが)その場に残すと、大きなライトイエローのリュックサックを背負った美青年――それはもう、左右対称な顔立ちだった。片方の目は長い前髪で隠れているが、見えている目はぱっちりしていて、色は薄い。ナッペ山の澄んだ氷を思わせる目を縁取る長いまつげ。そこいらの女よりも長いそれは、マスカラなんかで盛ってもいないのだろう。髪はもふもふとして長く、そこだけはいただけない。とはいえ、これは手を入れたら相当化けるだろうな、と言うのを思わせる青年がこちらにやってくる。
こんな美青年がこちらに何の用だ、と思っていると、リュックサックを揺らして楽しそうに手を振っている。それに手を振り返すアオキさん。え、お知り合いでしたか。
待たせたか、と尋ねる青年に、今来たところです、とアオキさんは返事をする。青年は少し不機嫌そうに私を見ながら、知り合いかとアオキに尋ねる。
「職場の同僚です。誓って言いますが、浮気ではないですよ」
「分かってるけど……」
「では、行きましょうか」
「え、あ、でもなんか用事があったんだろ? あー、お姉さん。アオキさんに何か用事があったんじゃないのか?」
「あー……ランチでもどうかと思っただけなんで……先約があるなら、また今度で」
「というわけです。では、また職場で。行きましょうか、ペパーさん」
「……ん」
そういうと、アオキさんはぺこり、と軽く一礼をしてペパーと呼んだ青年と去って行く。ちょっと待って欲しい。え、どういう関係なんだろうか。悶々としながらも、ランチを一緒にする相手がいないのなら、職場に戻るか、と足をポケモンリーグに向けることにした。
後日、この話を事務のパートさんにしたところ、アオキさんには奥さんがすでに居るらしいという話を聞いてしまうのだった。だから、女の気配が一切無かったのかも知れない。それはそれとして、その奥さんはどんな人なのか、誰もが聞き出そうとして聞けていないらしい。
よもや先日アオキさんと居るときに出会ったペパー青年ではあるまいな、と思いつつも、奥さんは女性を指す言葉だからそれはないだろう、と私は自分を納得させる。いつだっていい男は誰かの男なのだ、と諦めながら、次の街コンの募集に参加希望を出すのだった。