昨日の夜から確かにすこし肌寒く、そろそろ肌掛けの薄手のものでは過ごせないな、とペパーは寝る前に思っていた。明日起きたら冬用の布団を干してしまおうとも。太陽の日差しをめいっぱいに浴びた布団は、ふかふかとしていい香りがするのだ。
そう思いながら、いつもの時間に目が覚める。全身が重たいことにぎょっとするが、疲れからの気だるい重さではなく、外からの荷重であることに気がつけば、その理由はすぐに分かる。
「ほら、やっぱり……」
首を捻って後ろを見る必要もない。胸に腹に脚に巻きついているのは、アオキの長い四肢だ。湯たんぽか抱き枕のようにしがみついて離れない男は、なかなかの寒がりなのだ。今の時期はまだしも、もう少し寒波が強くなれば、靴下を二枚重ねて履くし、スラックスの下にレギンスを履いて過ごしている。
肌掛けの布団だけでは寒かったのだろう。背中にネッコアラを貼り付けている恋人は、ペパーにしがみついて離れそうにない。
アオキの長い四肢を、マジックテープのようにべりべり剥がすのは、ペパーの力を持ってすれば容易いことではある。それでも抱え込まれたまま剥がさないでいるのは、今日が休みであるからなのもあるが、何よりも恋人のかわいい姿が見ていたいからだ。
「まあ、布団を干すのも、朝飯もアオキさんが起きてからでいいか……」
まだ朝の七時である。普段ならば立派な寝坊の時間だが、今日は土曜日である。営業の仕事はないし、リーグやジムはチャレンジャーの連絡がない限りは休みである。
首筋に埋まって寝息を立てている恋人にくすぐったさを覚えながら、ペパーはほうぼうに跳ねた灰海色の髪を撫でてやる。パサついた髪は柔らかに撫でられるがままに形を変えている。それがくすぐったいのか、ペパーに絡みつく腕や足が、ぎゅ、と強く抱きしめてくる。
ずっと年上の男が甘えるように抱きしめてくるのが面白くて、思わずペパーは、ふはっ、と笑い声を殺しながら息を吐く。絡みつく腕に手を伸ばして、握りしめてくる指先に指を這わせる。
軽い接触程度では起きる気配のないアオキに、おつかれちゃん、と小さな声で労る。ちょうどそのとき、寝室のドアの向こうから、なにかが駆けてくる音が聞こえる。軽い足音に、ヨクバリスかな、とペパーが検討をつけていると、バータイプのドアノブががちゃん、と動く。
ゆっくりと開いた扉。開けたのはヨクバリスだった。腹が減った、と言わんばかりにむちゃむちゃ鳴くヨクバリスは、よじよじとベッドによじ登って、空腹を訴えている。ペパーの上に馬乗りになったヨクバリスは、むちゃあり、と首を傾げて起き上がってこないペパーを不思議そうに見おろしている。
「今アオキさんが寝てるから、もうちょっと我慢してくれるか?」
「むむちゃあ……」
「ごめんな。もうちょっとしたら、飯にしような」
「むちゃり!」
しょげた様子のヨクバリスに、もうちょっとだけな、と我慢させることに心苦しさを覚えるペパー。そんな彼のことなど露知らず、ヨクバリスはアオキの背中に張り付いているネッコアラに突撃していく。
横たわっているアオキの体をむちむちと踏みつけていったものだから、アオキが苦しそうな呻き声をあげる。もしかしたら、ヨクバリスはアオキを起こすのが目的で踏んだのでは――とペパーは一瞬思ったが、単に仲のいいネッコアラに一番近いルートを選んだだけだろうな、とすぐに考えを改める。
アオキの背中に張り付いていたネッコアラが、ヨクバリスの朝の挨拶を兼ねた突撃で剥がれていく。んなーぅ、と小さな声をあげて遠ざかるネッコアラの気配に、これはアオキ側のベッド下に陣取っていたノココッチのどちらかの上に落ちたな、とペパーは思う。実際、男の子のノココッチの上に落下していた。
ヨクバリスの突撃から、にわかににぎやかになる室内。ペパー側のベッド下で眠っていたマフィティフが体を起こして、ペパーを見ている。朝の挨拶に顔を舐めてくれる彼に、ペパーは自由な腕を伸ばしてその頭を撫でる。
「おはよ。アオキさんが起きたら飯にしような」
「ばう」
しかたないな、と言わんばかりに一つ鳴いた相棒は、のそのそとヨクバリスが開けたままにしていた扉を抜けていく。どうやら、他のポケモンたちを起こしに行ったようだ。
流石にそろそろ起こさないとヨクバリスが暴動を起こすかもな、とペパーが肩口に埋まっている黒い鳥ポケモンの巣のような髪を手で撫でる。
アオキさーん、と声をかければ、ん、と空気に溶け込みそうな声が返ってくる。眠った成人男性の力は強いが、ペパーはその腕や脚の中で向き合うように姿勢を変えると、アオキの前髪をかきあげ、出てきた額にキスを一つ落とす。
リップ音を立てて二度三度とキスをしてから、ペパーはアオキの耳元で朝飯の時間だぜ、と呟いて背中を叩く。
飯、という単語が聞こえたのか、うっすらと目を開いたアオキに、ふわりと微笑んだペパーがおはよ、と声をかける。
「ヨクバリスが飯食いたいって。アオキさんも腹ペコちゃんだろ?」
「あー……そう、かもですね……」
「ほら、歯、磨いてこようぜ。今日の朝はオムレツでいいか?」
「はい。……寝起きなので、少し控えめで……」
「じゃあ、オレの二つ分くらいにしておくな?」
「はい、それで……」
もぞもぞとペパーに巻きついていた腕と脚を剥がして、アオキはベッドから出ていく。足元にノココッチたちを纏わりつかせながら、洗面所に向かうアオキを見送り、もう少しネッコアラの枕木みたいに抱きついてても良かったのに、とペパーは少しだけ思って、それから起き上がるとアオキの後を追いかけるのだった。