title by 不在証明(http://fluid.hiho.jp/ap/)
「アヤセ、君宛になにか届いたよ」
ヴィンチェンツォが小脇に抱えて持ってきたのは、それほど大きくない箱だった。ギフト用なのか、丁寧にラッピングされているそれを見て、絢瀬は少し不思議そうな顔をする。
君のマンマからだよ、と言ってやれば合点がいったらしい。もう夏だものね、と彼女は箱を受け取る。長方形の箱には宛名が書かれた宅配便の伝票が貼られている。白地に青の水玉模様。国民的な清涼飲料だ。
「私これ好きだよ。北海道の」
「それ、ギフト限定らしいわよ」
「そうなのかい? それなら、どこにも見当たらないのもしょうがないね」
「そうね。我が家では夏しか飲めないわね」
わざわざ自分用にギフトを買うのも変な話だものね。
そんなやり取りをしながら、絢瀬は箱を開ける。中には希釈タイプのカルピスのプラスチックボトルが入っている。四本はいったそれは、白桃とリンゴ、北海道とオーソドックスなものの組み合わせで、毎年夏に絢瀬の母から贈られてくるものだ。彼女曰く、昔からあんたこれ好きだったでしょ、ということらしい。
「さっそく飲む?」
「いいね。飲もうか」
「どっちが作る? あなたが作る?」
「私が作るよ」
アヤセが作ると、ちょっと薄いんだもの。
そう笑った彼に、少しでも長く飲みたいのよ、と絢瀬は言い返す。贅沢に濃厚にしようよ、笑いながらヴィンチェンツォはグラスに原液を注ぐ。氷をいくつかいれて、水道水を注ぐ。マドラーでからからと混ぜれば完成だ。
「このくらいの味が好きだなあ」
「まあ、そうね。カルピスって感じよね」
「あ、でもミルクで割ったカルピスも好きだな。あれはあれで良さがあるよね」
「そうね。水で割るより味が強くなってる気がするわ」
「色々な飲み方があるって素敵だね。アヤセ、おかわりはいるかい?」
「もらおうかしら」
空のグラスを渡せば、今度はミルクで作ろうよ、とヴィンチェンツォは冷蔵庫から牛乳パックを取り出す。
同じように作る彼だったが、牛乳の残りが少なかったようで一杯しか作れなかった。牛乳割りのカルピスを絢瀬に差し出すと、きょとんとした顔で絢瀬はヴィンチェンツォを見上げる。
「いいの? 貰っても」
「もちろんさ。別に水で割ってもおいしいもの」
「……ああ、ならあなたが少し飲んでちょうだい」
独り占めするのはもったいないわ。
そう笑うと、絢瀬はヴィンチェンツォの方にグラスを押しやる。少し揺れたグラスの中身を見ながら、彼はそこまで言うならもらおうかな、と一口煽る。
グラスの中身が少しだけしか減っていなくて、もっと飲んでもいいのよ、と絢瀬は言う。それに対して、首を振って十分飲んだよ、とヴィンチェンツォは言う。
「ほら、飲んだから君があとは飲みなよ」
「本当……あなたって、わたしに甘すぎるわよ」
「好きな子は甘やかしたくなるんだよ。しょうがないじゃないか」
「まったくもう……そう言うことにしてあげるわ」
そういうと、絢瀬はグラスを回して口をつける。ヴィンチェンツォが口をつけたところが口元にくるように回した彼女は、意味ありげな視線を彼に送ってからカルピスを嚥下する。
意味深長な視線に肩をすくめながら、ヴィンチェンツォは絢瀬の頬を指で突く。
「君って人は、本当に私を煽る天才だね!」
「あら、なんのことかしら。わたしはカルピスを飲んでいただけよ?」
「よく言うよ、まったく。間接キスだなんて、グラスに嫉妬しろってことかい?」
直接してくれたらいいじゃないか。
ぷすぷすと頬を膨らませる彼に、ふふと絢瀬は笑う。膨らんだ頬を突きながら、思いついたらやりたくなったのよ、とこともなげに言う。
「ほら、キスしてあげるから、機嫌を直して?」
「しょうがないなあ。ちゃんと口にしてくれるかい?」
「注文が細かい人ね」
くすくすと笑いながら、絢瀬はかさついた彼の唇に自分の唇を重ねた。
グラスの中に残された氷が、からん、と位置を変えていた。