title by シャーリーハイツ(http://adam.mods.jp/ra/)
絢瀬が職場の正面玄関を出ると、見慣れた車が路肩に停まっていた。近寄って窓をトントン、と叩くと窓が開く。そこに乗っていたのは、当然の事だがヴィンチェンツォだった。
「アヤセ」
「あら、迎えにきてくれたの?」
「これから雨が強くなるらしいからね。心配になってね」
「そう。嬉しいわ、とってもね」
「よかった。来なくていいのに、って言われたらどうしようって思っていたんだ」
扉を開けて、車に乗り込む。彼女がシートベルトを装着したのを確認すると、ヴィンチェンツォはウィンカーを出して、車道に戻る。
ぽつ、ぽつと降り出した雨は、次第に激しくなっていく。ワイパーの速度をはやめても、それ以上に強く、激しい雨がフロントガラスをたたきつけていて、役に立っていない状態だ。
水煙が激しく立っている街並み。視界は悪くなる一方で、自然と車の進みも悪くなる。前の車のバックライトを見ながら、絢瀬は迎えに来てくれなかったら大変だったわ、と再びヴィンチェンツォに感謝する。
「こんなに激しくなるだなんて、思ってもみなかったわ」
「私もだよ。よかった、迎えに来て。君がこんな雨の中、一人で帰ってきたら、私は心配で心配で倒れてしまうかも知れなかったよ」
「大げさね。でも、こんな雨の中は歩きたくないわね……本当、迎えに来てくれて嬉しいわ」
「大げさじゃないよ。でも、こんなに強く降るだなんて、今朝言っていなかったのにね」
「本当ね。一人暮らしなんてしてたら、外に干している洗濯物が駄目になってそうだわ」
「本当だ。私たち、一緒に暮らしていてよかったよね」
激しい雨の中、ヴィンチェンツォは今日の夕飯はあるものでいいかな、と口を開く。あなたの作るご飯はなんでもおいしいから、あなたがしたいようにしていいわよ。そう返した絢瀬に、ヴィンチェンツォは少し照れたように笑う。君は本当に私を喜ばせる天才だよね、と。
「こんな雨の日に、買い物なんてしたくないものね」
「そうなんだよね。冷蔵庫に、まだ野菜とか魚があったはずだから、それを使い切っちゃおうかなって。今日、買い出しの日だけど、こんなに雨が降っていたらさすがにね」
「そうね。わたしもこんな日にあなたに買い物をしろ、なんて言わないわよ。明日、止んだら一緒に買いに行きましょう?」
「いいね。そうしよう」
それじゃあ、今日はあるものでパーティにしようか。
楽しそうに笑ったヴィンチェンツォに、絢瀬は素敵なパーティになりそうね、と返事をする。自走式の立体駐車場を走り、指定されている駐車スペースに車を止める。車を降りると、コンクリートで出来た立体駐車場の外から激しい雨の音と、濡れたにおいが漂ってくる。
大きな傘を持って、ヴィンチェンツォは車を施錠する。絢瀬の手からトートバッグをもらい、彼はほっそりとしたその手を引く。エレベーターに乗って、一階まで降りる。出入り口から外に出ると、滝のような大雨が、猛烈な勢いでアスファルトをたたきつけていた。
大きなセレストブルーの傘を広げたヴィンチェンツォは、絢瀬のほうに傘を傾けながらマンションに向かう。
「肩、濡れてるわよ」
「私はどうやっても濡れちゃうから大丈夫」
「……わたしのほうに傾けているからでしょう? いいのよ? もう少し、そっちによせても……」
「いいんだよ。私がやりたくてやっていることだから、アヤセは気にしないでよ」
「でも……」
「そうだなあ……そんなに気になるなら、一緒にお風呂に入ろうよ」
風邪引く前に、あったまろうよ。
にこにこ笑っている彼に、しかたないわね、と困ったように微笑みながら返す絢瀬。お風呂はもう沸いているの、と聞けば、出てくる前にスイッチをいれたよ、と帰ってくる。最初から、一緒に入浴するつもりだったのだろう。
すっかり彼の右肩は濡れそぼって、藍色のTシャツが変色している。あまり濡れたら、本当に風邪を引くかも知れない。そう考えた絢瀬は、早く帰りましょう、とその手を引いた。ぱしゃん、と水たまりを踏みながら、二人は駐車場からマンションまでの短い距離を、少し早めに歩き始めた。