title by リリギヨ(http://8b724a.webcrow.jp/)
絢瀬はドリップコーヒーを抽出するために、マグカップをマシンにセットする。かおりのいいコーヒーが用意されている間に、来客用のミルクポーションをひとつとり、蓋をあける。賞味期限がせまっているそれを、少しでも消費しようという努力だ。
もう少しで抽出が終わる、と言うところで、ソファーに座っているヴィンチェンツォが絢瀬を呼ぶ。どうしたの、と返事をしながらソファーのほうに声を投げる。
「ねえ、絢瀬。映画見に行こうよ」
「あら、いいわね。何かあるかしら」
「ついでに、映画館の入っているショッピングモールでデートしようよ」
「あら、映画デートじゃなくて?」
「映画も見るし、ショッピングモールでもデートするんだよ」
「ふふ。いいわね」
新しいショッピングモールでもできたのかしら。マグカップにコーヒーを淹れた絢瀬は、不思議そうな顔をしながらヴィンチェンツォの隣に座る。できたらしいよ、と彼は地域のフリーペーパーを渡してくる。
手渡されたそれを見ながら、絢瀬は結構大きいのね、と驚いたように口を開く。地域随一を銘打つだけあり、なかなかの広さで、テナントショップや直営店も多いようだ。
「一日楽しめそうね」
「だね。次の休みはここを一周しようよ。きっと、一周するのに一日使うよ」
「そうね。本当、一日使いそうね」
歩きやすい靴で行かないと、足が痛くなりそうだわ。
そう告げた絢瀬に、疲れたら喫茶店で一息つこう、と提案するヴィンチェンツォ。もちろん絆創膏も持っていくよ、と。靴擦れなんてしたら大変だわ、とくすくす笑う彼女にそのぐらい歩きそうだもの、と彼も釣られるように笑う。
ひとしきり笑った後、私欲しいのがあるんだよ、とヴィンチェンツォが口にする。雑誌に掲載されている、ひとつのショップを指さす。それは有名チェーンの靴屋だった。新しい靴が欲しいのか、と尋ねると、今のお気に入りの靴は底がぼろぼろだと返ってくる。
「ずいぶん長く履いていたものね。それはぼろぼろにもなるわよね」
「そうだねえ。底を直せばまだいけるかなって思ったんだけど、どちらにしても新しい靴は欲しいからね。ちょうどいい機会だから、新しい靴を一緒に見ようよ」
「いいわよ。わたしでいいなら」
「君だからいいんだよ」
私に君の好きなものを教えてくれるかい。
目をしっかり合わせて尋ねてくるヴィンチェンツォに、あなたが知らないわたしはもうないんじゃないかしら、と絢瀬は返す。その言葉を受けて、不思議そうに彼は首をかしげる。君について知らない事なんてたくさんあるよ、とさも当然だろうと返ってくる。
「毎日新しい発見があるんだ。君といると、人生が楽しくてしょうがないよ」
「そう? そんなに面白い発見があるかしら」
「あるよ。君がミルクポーションを使い切ろうと今頑張っているところとかね」
「あら、ずいぶん細やかな発見ね? あなたも使い切るのを手伝ってくれると嬉しいのだけど」
「おかげで、毎日ひとつは新しい発見があるよ」
もちろん、ポーションを使いきる手伝いもするさ。
ヴィンチェンツォはコーヒーは一杯だけなの、と尋ねてくる。残念だけれどこれだけよ、と絢瀬の口から返ってきたものだから、至極残念そうに肩を落とす。そんな彼が面白くて、絢瀬はくすくすと笑ってしまった。