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部屋の掃除をしよう。そう言ったのは絢瀬からだった。別段、今すぐ部屋の掃除をしなくてはならないほどに部屋が汚れているわけではないが、ここ最近は忙しさにかまけて行っていなかったのだ。季節の変わり目に衣替えとして服の入れ替えをしたり、寝具もすこし保温性にすぐれたものに変えたりと、なにかとやることが多い休日が続き、すっかり掃除が出来ていなかったのだ。
徹底的に掃除がしたいわけではないが、掃除をしようと意気込むとどうしても細かいところが気になるものである。フローリングとラグマットに掃除機をかける。絡んだほこりや髪の毛はコロコロを使って丁寧にとる。ラグをよく見てもシミはないのが幸いである。ヴィンチェンツォは大きな体をよいしょ、と持ち上げると掃除機を片付ける。高いところのほこりを落としたりする室内掃除は、やはり彼の長身が仕事をする。屋外の掃除でも役に立つのだが。
掃除機を片付け、コロコロを元の場所に戻すと、ふう、と額に浮かんだ汗を拭う。換気のために窓を全開にあけていたものの、どうしても体を動かすと汗が出てくる。しっかりと丁寧に、細かいところまで掃除をしていたのだからなおのことだろう。
これは絢瀬も汗をかいているだろうな、とヴィンチェンツォは考えると、ちら、と室内干し用になっている部屋を覗く。だいぶ乾いた――ほとんど乾いたタオルを一枚とる。触って確認しても、もうすっかり乾いている。それを手にして、ヴィンチェンツォは絢瀬が掃除をしている風呂場に向かう。
「おーい、アヤセ。どうかな、掃除は終わったかな」
「あら、ヴィンス。あとは洗剤を流したら終わりよ」
「そっか。ああ、汗かいてるじゃないか」
「わっ。自分でやれるわよ、そのくらい」
「ふふ。私がやりたかったんだ、いいかな?」
「もう……仕方ないわね」
されるがままにタオルで拭われながら、絢瀬は、ん、と違和感を覚える。タオルがごわついているのもだが、妙にくたびれているような気がするのだ。ちょっと貸して、と手で触れてみれば、やはり違和感は的中する。
ずいぶんくたびれてるわね、とタオルを指摘する絢瀬に、言われたらそうかも、とヴィンチェンツォも同意する。
「うーん、これは雑巾いきかな」
「そうね。ずいぶん使ったものね……たしか、どこかの粗品じゃなかった?」
「そうだったかも。あ、この辺に社名があったんじゃないかな。痕跡があるよ」
「本当だわ。社名が見えなくなるくらい使い込んだのね。このタオルもきっと本望よ」
「だといいなあ。とりあえず、これはもう雑巾にしちゃおうか」
気がついた時にやらないと、また洗っちゃいそうだよ。
からからと笑った彼に、そうね、と絢瀬も頷く。ソーイングセットで作ってくるよ、と絢瀬の額にキスをひとつ落としてヴィンチェンツォはバスルームを後にする。
口付けされた額を撫でながら、絢瀬はシャワーを手に取る。水を出して壁面の泡や浴槽の泡を流して行く。換気扇は回していたし、換気のためにドアを開けていたとはいえ、洗剤の揮発したにおいが鼻をバカにしている。
洗剤を流し終え、換気も兼ねてそのまま扉を開けたままにする。濡れたゴム手袋やバスシューズを乾燥させながら、絢瀬はリビングに向かう。
「あら、できそう?」
「ふふ。君がくるまでにだいぶできたよ」
「本当、あなたってば手先が器用ね。真似できないわ」
「君に喜んでもらうために、私の手先は器用になったのかもしれないね」
「ふふ、そうだったらいいわね」
「おや、同意してくれないのかい?」
「ばかね。手先が器用じゃなくたって、わたしはあなたがしてくれることならなんでも喜ぶわよ」
「……本当に君は私を喜ばせる天才だよね!」
最後にひと針を刺したヴィンチェンツォは、玉止めをする。糸切りハサミを絢瀬が取ろうとするよりも早く、彼は玉止めより少し先の部分を咥えると、ぎっ、と歯でちぎってしまう。
我ながら上出来だ。ご満悦の彼に、絢瀬はワイルドね、と笑う。糸切りハサミを用意するのが面倒だったんだよ、と少し恥ずかしそうにヴィンチェンツォは笑う。
「ワイルドで嫌いじゃないわ」
「そうかい? まあ、切り口が多少汚くても家で使うものだからいいよね」
「ええ。そんなこと気にしないわよ」
「ならよかった。気にするなら、今からでも綺麗に切るところだったよ」
ヴィンチェンツォは肩をすくめると、絢瀬は気にしていたんだ、と笑ってしまう。君に嫌われたくないからね、と完成した雑巾をローテーブルに放りながら、彼はお茶にしようよ、と提案した。