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ぱちり。ヴィンチェンツォは目が覚めた。なんとも、完璧な目の覚め方をした彼は、腕の中で眠る愛しい体温を感じながら、ベッドヘッドのボードに置いてある絢瀬の目覚まし時計を手に取る。時刻はまだ六時よりも前で、いつも起きる時間よりも一時間ほど早い。
しかし、二度寝をするにはあまりにも完璧な起床だった。眠気はなく、頭もすっきりしている。どうしたって、これは二度寝を脳が許してくれないだろうと確信が持てるほど、その目覚めは完璧だった。体もだるくなく、今から走りに行くことだってできそうだ。
残念なことと言えば、今日が土曜日で出勤がないことぐらいだろうか。今日が仕事のある平日であれば、確実にいつもよりも仕事が出来ただろうに。そうヴィンチェンツォは落胆してしまった。しかし、すぐに彼は切り替える。今日は一日絢瀬を愛でれば良いのだと。まあ、それはいつものことであるのだけれども。
「名残惜しいけど……そろそろベッドから出ようかな……」
私のガッティーナにおいしいごはんを用意してあげないとね。
未だすやすやと眠る絢瀬の額に口づけを落とし、なめらかな髪をひとつ撫でる。気持ちよかったのか、安心しきったその顔はふにゃ、と溶けるように綻ぶ。それを見て、やっぱり絢瀬が目覚めるまでこのままでいてもいいんじゃないか、という気持ちがむくむくと湧き上がる。湧き上がるだけで行動に移さなかったのは、ひとえに彼の精神力の賜物だろうか。
普段の朝食ならば、別にそれほど時間を掛けて作る必要がない。パンを用意して、自分用のエスプレッソと彼女のためのドリップコーヒーを用意するだけでいい。しかし、今日は時間がたっぷりあるのだ。少し、手の込んだことをしたくなる。
「どうせだし、日本の朝ごはんにしてみようかな……ああ、でも、アヤセが食べきれないかも知れないか……いや、残すなら、私が代わりに食べればいいんだしな……作るかな……」
もらった肉味噌も使い切りたいし、焼きおにぎりにしよう。
朝食のメインを考えた彼は、冷凍庫に放り込んであるごはんを取り出し、電子レンジで解凍する。その間に、もらい物の肉味噌と、残り少ないにんじんと大葉を取り出す。副菜はにんじんと大葉の和え物だ。やはりメインにするなら卵焼きだろうし、味噌汁だって欠かせない。
どんどんと頭の中に今朝の朝食内容が出てくる。やはり食事内容が決まると楽しくなり、自然と口元が綻んでしまう。ちーん、と高い音を立てて電子レンジが解凍が終わったことを告げる。熱すぎるほどのごはんがほどよい熱になるまで冷ますため、先に卵焼きにとりかかる。ボウルに卵を三つ落として、塩と味の素をいれると菜箸でかき混ぜる。かしゃかしゃとほぐすようにかき混ぜるのは、彼女の実家で短期留学をしていたハイスクールの時代に、彼女の母親から教わったやり方だ。
「えーと、フライパンに油を敷いて……少しずつ卵をいれるんだっけ……久しぶりだと、どうにも忘れてるなあ……」
もっと積極的に作っていこう。
そう新たに心に誓い直しながら、熱しておいたフライパンに卵液を四分の一ほど流し込む。じゅう、と熱で液がすぐに固まろうとするのを、フライパンをゆすって全体に馴染ませる。手前から奥に丸めて、卵を持ち上げながら卵液を流し込む。形を整えながら卵焼きを作る。こういうときに卵焼き器は便利だよなあ、と普段活躍の場を見せないそれをヴィンチェンツォは褒め称える。
一本の卵焼きが出来上がると、粗熱をとる間に鍋に水を張る。水がたまるまでの間にまな板と包丁を引っ張り出す。水がたまったのを確認し、鍋を先ほどまで卵焼き器が乗っていたコンロにおいて、卵焼き器をシンクにいれる。テフロン加工が剥げないように水には浸さない。とはいえ、この卵焼き器はもう何年も使っているから、もしかしたら剥げているのかも知れないが。
……閑話休題。
鍋を火に掛け、ネギを薄く斜めに切る。油揚げも一口大に切り分け、ついでに豆腐も入れる。少し具材が多いのは、冷蔵庫に中途半端に残った中身を使いきりたいからだ。ふつふつと湧き上がりかけた鍋に具材を放り込んで、大葉とにんじんを千切りにする。たんたんたん、とリズミカルに切り終えたにじんを、ぽいっと耐熱ボウルに放り込んで電子レンジで加熱する。二分ほど柔らかくしている間に、鍋が煮立ちそうになっていたので、少し火を弱めて味噌を溶きほぐす。入れ忘れていた顆粒のだしも入れて、くるりとかき混ぜる。一煮立ちする間にごま油を用意して、ほどよく粗熱の取れた卵焼きを一口大に切り分ける。
「……あっ、皿!」
皿を出していないことにヴィンチェンツォが気がつくと同時に、ちーん、と電子レンジが加熱終了を告げる。耐熱ボウルを取り出し、ごま油をひとつ回しかけて大葉をほうりこむ。混ぜるのは後にして、とりあえず皿を用意する。いつも皿が複数枚必要なときに用意してくれるのは絢瀬だったから、すっかり忘れてしまっていた。日常になっている役割分担に思わず笑みがこぼれてしまう。自分一人では忘れてしまう。それだけ長く居る証だと。
卵焼きを皿に載せている間に味噌汁ができあがる。沸騰してかおりが飛ぶ前に火を消す。お椀に二人分注ぎいれてから、にんじんと大葉を軽く和えて小鉢に取り分ける。本当はすりごまでも乗せた方が見栄えは良いのだろうが、あいにくごまは今日の買い出しで買わなくてはないのである。
最後にほどよく熱の取れたごはんを三角に握る――やや丸みを帯びているのはご愛敬だ。肉味噌を握ったおにぎりたちに乗せて、トースターに放り込む。焦げ目がつきそうな時間まで焼くようにセットして、ヴィンチェンツォは手を洗う。石けんでしっかり手を洗い、タオルで拭った彼は、ふう、と一息吐いてコップに水を入れる。
ぐい、と一気に飲み干してから、温かいうちに食べて貰わないとね、と絢瀬を足取り軽く起こしに行くのだった。